2012年6月28日木曜日

スウェーデン最高裁 漫画絵所持無罪事件



スウェーデン最高裁判所
2012615日 B990-11 
(シモン・ルンドストロム事件)





判決

最高裁判所は起訴を却下

ハードディスクの没収請求は却下される。
押収は取り消しウップサラ県警察署 押収品番号2009-0300-BG3663  p.3:2, 5:2及び5:3及び押収品番号:2009-0300-BG3675p.1)

シモン・ルンドストロムは、犯罪被害者基金に関する法(1994,419号)に基づく費用の支払義務及び地方裁判所における弁護費用の返済義務から解放される。

最高裁判所におけるシモン・ルンドストロムの弁護費用に関しては、レイフ・シルベスキ(弁護士)に対し、公的資金から19,456クローナの報酬が支払われるものとする。この費用は国家が負担する。金額の内訳は、以下。業務に対し14,460クローナ、時間の浪費に対し1,105クローナ、付加価値税として3,891クローナ。



最高裁判所における要求

シモン・ルンドストロムは最高裁判所が起訴を却下した結果として、地方裁判所における弁護費用返済義務の免除を要求している。

検察官は判決の変更に対し、異議を唱えている。



判決理由


各裁判所の判断及び適用される法

1.シモン・ルンドストロムは地方裁判所にて、パソコンに保存していた51枚のいわゆる漫画絵の所持による、軽犯罪、児童ポルノ犯罪の有罪判決を受けた。控訴裁判所は、39枚の絵の所持による軽度の児童ポルノ犯罪に対する有罪判決を言い渡した。最高裁判所における争点は39枚の絵の所持が犯罪にあたるかどうかである。

2.刑法第16章、第10a条第1段落第5項の中の本案件に該当する文面に基づき、児童ポルノの絵を所持する者に対しては、児童ポルノ犯罪による有罪判決を言い渡さなければならない。第2段落により、本条で述べる児童とは、思春期がまだ終了していない者、または18歳未満の者である。思春期が終了しているならば刑事責任が問われる為には、当該箇所の文面に基づき絵及びその周囲の状況から判断して、(絵に描かれているのが)明らかに18歳未満の者である事が条件となる。同条の第5段落に基づき状況を考慮した上で、その行為が正当であると判断された場合は、犯罪とはならない。


*法改正予備業務等に基づく絵とは

3.罰則に関する法改正予備業務からは、児童ポルノ的な内容が含まれる絵も犯罪の一種と見なすことが明らかになっている。これは、間接的には第3者に公表する意図のない、自分で描いた絵は例外である事を述べる法文に基づいても、明らかであるアニメの絵さえも犯罪の一種と見なすようになった論拠の一つとして、絵を描く際に、実際の児童をモデルとして使用している可能性を排除できない事が挙げられる。但し第一に言及されたのは、ポルノ的な絵はいかなる理由があろうとも児童に対する侮辱である、という論拠である(議案書1978年・79年第179号、8頁参照)
児童ポルノの所持が違法になった事と関連付け、画像が児童を性的行為に誘う為に利用される可能もあると述べている (議案書1997年・98年第43号、65頁参照)。


案件における絵

4.当該の絵は架空の人物を描いている。しかし、人間らしい生物の描写である事は明らかであり、また印象的にも人間の絵であると断言できる。それを踏まえると、これらの絵はまだ思春期が終了していない児童を想定している。児童達は完全あるいは部分的に裸であり、性欲を刺激するような姿で描かれていると言わざるを得ない。ほとんどの絵において性器が露出しており、また一部の絵では性的行為が行われている。これらの絵はポルノグラフィーであると判断できる。

5.一枚の絵(g24jpg)は他の絵とは異なり、児童の顔立ちが写実的である。その絵は他の点に関しても、実物描写であると判断せざるを得ない。


罰則から見た判断 

6.児童ポルノ犯罪に関する規定は、文言及び用いられた定義を見ると、適用範囲が幅広くなっており、特に絵に関してはそうである。法改正予備業務においては、非写実的な絵も刑罰範囲に含まれる可能性があると指摘されている(議案書1997年・98年第43号74頁)。絵の内容の違いによる、例えば実際の暴力行為を描いている絵、人間的な特徴を持つ架空の人物を描いている絵等に対する刑罰の区別に関する議論は行われていない。

7.しかし児童の実物描写に関し立法府は、刑罰の適用範囲が広くなり過ぎたり、その確定が困難になったりする事を防ぐ為、規定の解釈に関しては慎重になるようにと促している。予備調査においては、例え一部の人間の性欲を刺激するとしても、全ての児童の裸体絵あるいは性器が認識できる絵を違法にする事は目的ではないと述べている(議案書1978年・79年第179号9頁及び議案書1997年・98年第43号82頁参照)。実物の児童を描写しているわけではない絵或いはそれ以外の描写に関しても、規定の解釈においては同様に慎重になるべきであるという結論は妥当である。特に架空の人物あるいは漫画の登場人物に関しては、それらの絵が犯罪に当たるかどうか、明確な線引きをする事は危険である。

8.EUは2011年、児童に対する性的暴行、児童の性的利用及び児童ポルノに対する抑制、さらに理事会の枠組決定2004年第68号RIFの差し替えに関する指令(2011年第93号・EU)を採択した。いわゆる*最低限度指令である、指令の第2章中の本件と関係する部分において、児童ポルノとは、児童が明らかに性的行為に参加する実物描写の絵、または主に性的目的で児童の性器を描いた写実的な絵であると定義されている。指令の作成にあたり非現実的な人物、例えば漫画の登場人物等が児童ポルノという定義に当てはまるかどうかは不確実であった。委員会は、共通の目的は現実を描写する絵のみを罰する事であったと注記している(2010/0064/COD文書番号10335/1/10改正版1)。上記の指令もこの目的に合わせて作成された。

9.スウェーデン法において、写実的な絵と架空の人物を描いている絵の区別はしていないが、写実的な絵の方がより明確に保護法益が存在する。そのような絵は明らかに刑罰の対象であると判断ができる。

10.従って写実的であると判断せざるを得ない絵(5頁参照)に関しては、罰則の対象となる。後は、シモン・ルンドストロムによるその絵の所持が正当であったかどうかを審理する事である。(26頁を参照)

11.前述のように、その他の38枚の絵に関して確実に言えるのは、それが児童を描写しているという事である(4頁参照)。しかし、これらは明らかに実在の児童の描写ではなく架空の人物の絵である。児童ポルノに関する規定の土台である保護法益は、これらの絵に関しては比較的薄い。(比較:準児童ポルノに関する議案書1997年・98年第43号103頁~)

12.上記で述べた背景を鑑みると、罰則の適用範囲の境界線は当該の38枚の絵に関しては曖昧である。それならば、この場合は言論の自由と情報の自由に関する基本原則を考慮した上で罰則の解釈を行うべきである。


言論の自由及び情報の自由

13.これらの38枚の絵の所持によりシモン・ルンドストロムを有罪にする事が、言論の自由及び情報の自由の不当な制限に当たるかどうかについては、まず統治法に則って審理を行うべきである。

14.統治法第2章第1条第1段落第1項に則り言論の自由とは、画像等を用いて、思考、意見及び感情を表現する事である。第2章第1条第1段落第2項に則り、情報の自由とは“第三者の見解を知る事”である。第2章第20条に則り、言論の自由及び情報の自由は法律によって規制する事ができる。第2章、第21条に則り、民主主義社会において容認しうる目的を満たす為にのみ、それらの自由の規制を行う事ができる。このような規制は“その導入に至った目的を鑑み、必要な限度を凌駕してはならない”(いわゆる比例原則)。
また、”民主主義の基本原則である意見の自由に対する脅威になるほど、行き過ぎた内容になってはならない”。第2章、第23条に則り、“特別重要な理由がある場合”ならば、言論の自由及び情報の自由を規制する事ができる。同条の第2段落に則り、文化的な問題等に関しては、特に可能な限り幅広く言論の自由及び情報の自由の重要性を重視すべきである。欧州人権条約(人権と基本的自由の保護のための条約)の第10条に言論の自由に関する規定が記されている


15.統治法に則った審理は、前述の規定第2章第20条第21条及び第23条(比較:NJA2007805頁 NJA= Nytt juridiskt arkiv 主に裁判記録を掲載した定期刊行物)を基準として段階的に行うべきである。その関連での最初の問題は、果たして有罪判決は言論の自由及び情報の自由に対する規制になるのかである。そうであるならば、問題は規制が合法的に行われていたかどうか、また規制が民主的な社会において容認し得る目的を満たしているかどうかである。それによって、規制が第2章第23条に基づく内容であるか否かを調査するべきである。その答えが「可」であるならば、次の問題はその規制の導入に至った目的を鑑み、必要な限度を凌駕してはいないかどうか、または規制が民主制の基本原則である意見の自由に対する脅威になるほど行き過ぎた内容ではないかどうかである。

16.この案件に関しては、有罪判決が被告人の情報の自由を制限する事になるのは明らかである。法的根拠に関する条件は、(判決に)影響される者が法律を知る機会があった、またその法律がもたらし得る結果を予測ができたはずであった等である。上述のように、当該の絵が罰則の対象になるかどうかは定かではない。しかし、法律が内容的に曖昧な文言によって構成されているのは珍しい事ではない。そのような場合、具体的な内容は解釈及び適用されている法規慣例に影響を受けるが、このような法律の適用に伴う介入に法的根拠がないとは限らない。

17.本案件における有罪判決は、児童ポルノ犯罪に関する規定の可能な解釈範囲内である。従って法的根拠という条件は、このような有罪判決の妨げにはならない。

18.児童ポルノ犯罪を犯罪の一種と見なす為の正当な目的の条件に関する論理は、同法の予備業務において記述されている。そこでは統治法の観点からは、特別に重要な理由があるならば、言論の自由及び情報の自由の規制を認める事が可能であると指摘している(議案書1978年・79年第1798頁参照、比較:議案書200910年第7028頁)。罰則の予備業務において、犯罪の一種と見なす目的は児童及び青少年を守る事であると記されている(議案書1997年・98年第4365頁~参照)。児童ポルノ犯罪に関する罰則は、疑いようもなく言論の自由及び情報の自由を規制する動機になる特別に重要な理由に該当する。

19.比例原則において問題となる部分は、言論の自由及び情報の自由の規制を意味し得る有罪判決が、その規制の導入に至った目的を鑑み、必要な限度を凌駕しているかどうかである。

20.言論の自由及び情報の自由は民主主義社会の基礎である。これらの自由に関する例外の可能性は、狭義で解釈されなければならず、また制限の必要性は、説得的な形で報告されなければならない。
21.本案件に関わる当該の絵は漫画の絵である。そのような絵は日本の文化に深く定着しており、世界各国にも普及している。これらの絵は、明らかに芸術の範疇に入るとは言い難いが、何枚かは芸術的な特徴を有する。

22.立法府が主張した児童ポルノを犯罪の一種と見なす理由は、前述のように背後にあり得る暴行から児童を保護する為であり、また児童ポルノの画像が児童を性的行為に誘う為に利用され得る為である。
更に法の目的として挙がっているのは、児童ポルノ的な画像は児童に対する侮辱に当たる為、このような一般的な侮辱から児童を保護する事である。後者は、絵をも犯罪の一種と見なす理由としても挙がっている。また実在の児童を描写している可能性もあるとも述べている。

23.これらの38枚の絵が感情を害するような内容ではあるにしても、実物描写と比較して、このような絵から人物を特定できる可能性は僅かであり、また一般的に児童の侮辱になる可能性も極めて少ない。当該の絵に関しては、実際の暴行を描いている内容ではないという事は明らかである。児童を想像させるようなポルノ的な絵の存在自体が、このような非写実的な絵を例外なく犯罪の一種と見なすような言論の自由と情報の自由の相当幅広い規制をする程、児童全般に対する侮辱に当たるという事はない。更に児童が性的行為に参加するよう誘惑されるリスクを避けたいという願望によって成り立つ理由も、そこまでの規制を正当化することはない。それに加えて漫画絵は日本の文化に深く定着しており、その背景を鑑み言論の自由及び情報の自由を可能な限り重視する理由がある。

24.上述の内容から、本案件の当該38枚の絵の所持を犯罪の一種と見なす事は罰則に至る原因となった目的を鑑み、必要な限度を凌駕している。統治法に則り解釈すると、これらの絵の所持は罰則対象にはならないと判断ができる。

25.その背景において、このような絵の所持を罰する事が欧州人権条約(人権と基本的自由の保護のための条約)に矛盾するかどうか、調査する必要はない。


39番目の絵の所持は正当と認められるのか?

26.本案件において、シモン・ルンドストロムが日本の文化、特に漫画絵に関する専門家である事が明確になった。彼は数年間日本に住んでおり、漫画の翻訳等の仕事もしてきた。彼のパソコンには多数の漫画絵が保存されていた。その背景を鑑み、通常は違法になるところだが、1枚のみの絵の所持は正当と認められるべきである。


結論

27.上述の理由により、シモン・ルンドストロムが無罪であることを宣言する。検察官によるハードディスクの没収請求は、却下し、没収は取り消しとなる。法(1994年第419号)に基づく費用の支払い義務は取り消しになる。更に、シモン・ルンドストロムは、地方裁判所における弁護費用の支払い義務から解放される。


機密

28.上記の背景において、罰則対象から除外される38枚の絵に関する機密を継続する理由はない。つまりこれらの絵に関する機密はない。情報公開及び機密法第43章第5条に則り、所持が処罰の対象になる1枚の絵に関しては、同法の第18章第15条第1段落が今後も適用される。


判決に参加した者は以下:
最高裁判事(Justitieråd: マリアン・ルンディウス、アンクリスティーン・リンデブラード
ヨーラン・ランベルツ(主任裁判官)、アグネタ・ベックルンド及びスバンテ・O・ヨハンソン
担当書記官:マリー・ヨーランソン




(訳者註)
*  法改正予備業務: 調査、議案書、審議会からの提案等。

*  5 8 最低限度指令minimidirektiv: 最低限の規定であり、それ以外の規定に関しては、各国が独自に決定する事ができる。




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