2021年9月11日土曜日

中華ゲーム規制・BL規制・教育規制の考察~教育と娯楽の「社会化」で分析するチャイナ規制仮説

  中華人民共和国政府が、相次いでコンテンツ産業の規制を打ち出したことが報じられ、話題となっています。一連の動きの背景について、戦略科学の観点から中国政府の政策分析を行っている中川幸司さん (中国人民大学客員研究員) に解説をして頂きました。

 

中華ゲーム規制・BL規制・教育規制の考察~教育と娯楽の「社会化」で分析するチャイナ規制仮説


中川幸司 (中国人民大学客員研究員)


ゲームは「精神的アヘン」、未成年は毎週3時間までのプレイ時間制限。民間学習塾の営利ビジネス禁止。「推しメン」購買消費の禁止。エンタメ業界スターらの政治スタンス厳格化等々。これらはチャイナ当局から直近1,2ヶ月で矢継ぎ早に振り下ろされた規制の一部です(本原稿は20219月初旬に書かれています。)。エンタメや教育などの幅広いジャンルのソフトウェアビジネスが今般の「紅い鉄槌」の餌食になりました。自由な思想・家庭内文化を打ち砕くかのごとく、連続コンボで振り下ろされる鉄槌に人民はビックリ、世界もビックリしています。「文革の再来か!」とも揶揄される事態。今回はこれら一連の件について、北京中央の意図を考察してみたいと思います。

 

【※お知らせ※】今般発生している数々の規制の本質を見誤らないように、北京中央の思考をエミュレーションしてあります。最大の枠である彼らの超長期戦略から、だんだん噛み砕いて今般の規制問題にたどり着く文書構成になってますので、全文読むのがめんどくさい方は、最後の「4」と「5」だけで良いと思います。そこは各論です。

 

1、チャイナが忌避する制御できない米国

 20217月に中国共産党結党100周年イベントが盛大に行われ、国内外に向けた習近平演説がありました。日本国内では、習氏は両岸関係に強く言及していて台湾周辺・南シナ一帯は軍事的に一触即発の状況である、というような過激な言論も散見されましたが、実際には党の歴史を長々と語った演説のごく一部で通常レベルの両岸関係に言及にしたにすぎませんでした。思いのほか穏便な内容だった、という評価が適正なように僕は考えます。

 

今般話題になっているチャイナ内政考察の前に、現在のチャイナがおかれている外交関係をさらっと確認しておきましょう。末端のニュースをチェックするにあたっても、上位次元からの視点が重要です。外交要素は少なからず内政に影響を与えます。とりわけ米中対立は国際情勢全般とともにチャイナ内政にも大きな影響を与えます。言うまでもなく、米中対立の当事者国であるチャイナとしても、米国との関係性を外交上最大限に重視しています。

老舗の超大国米国にとって、その対中姿勢というのは絶対的な最大の外交課題ではないかもしれませんが、これから覇権国家を目指す新参大国チャイナにとっては、その対米姿勢は最優先で最大レベルに資源が投下される外交課題になっています。

 

チャイナが「米国」を強く意識する根源的動機を考えてみましょう。チャイナを管轄する中共にとって一番忌避すべき事象は自らの組織継続性を脅かしかねない不確実性です。党統治に対して、党そのものの存在に対して、党がコントロール不能なレベルの影響を与えてくるかもしれないダントツに強力な表出化勢力は米国だからです。言い換えれば、米国以外は宗教、民族、多国籍企業もディール・マネージ可能といったスタンスです。

ですから「2つの百年」のうちのひとつである中華人民共和国建国100周年の2049年までに米国を凌駕するパワーを得るということが、チャイナの絶対目標としてセットされているわけです(もうひとつは2021年の中国共産党結党100年でした)。米国、米国、米国、そして米国なのであります。

 

しかし、現在は多くの領域で遥かに米国の方がチャイナよりも強力ですので、今すぐに米国に対し本格的にチャレンジすることは控えるという行動抑制的な動機がチャイナにはあります。統治メカニズム、軍事、産業経済、マネー、文化、学術といった中から多くの主要領域で、チャイナが米国のパワーを上回った時に、米国に対して本格的なチャレンジとディールを仕掛けることでしょう。普通選挙の無いメリットを最大限に活かした、時間を味方につけた最も損失の少ない米国との対峙テクニックです。

これをもって、「闘いません、勝つまでは。」というチャイナの今世紀半ばまでの長期ビジョンが見えてきます。これがチャイナの対米対峙スタンスの大原則です。

 

 

2、党が規定する中期「内循環」甲羅モード

結党100周年フェスに話を戻します。このビッグイベントは、新型コロナ禍の2020年前半、米国トランプ政権が劇場型短期ハードパンチで国際世論を牽引することで世界から反中感情+対中制裁熱が高まった2020年通年、米国バイデン政権発足による民主党的外交戦略回帰となった2021年前半、という大きな流れがありまして、それらが米中の外交ポジションを規定する環境を経て実施されたものでした。

 

チャイナ側が2020年からの国際環境をどうとらえて、近未来にどのように動いていくべきと考えたのかは、202010月に開催された五中全会(中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議: 1026日から29日開催)で公表された「十四五(第14次五ヵ年計画2021-2025)」と「2035年までの長期目標」に反映されています。時系列的に五中全会時点では、次期米国大統領が決定していなかったものではありますが、米国がいかなる政権になろうとも、トランプ政権時に一度強硬な対中政策に転換したことは継続されるだろうという考えがこれらの中長期計画に反映されたものになっていました。

 

五中全会直後にバイデン候補の勝利が確定しました。チャイナ側は、民主党議会とバイデン政権による米国は、「今後どうなるかわからない」といった見方が大勢を占めていたように思われます。「わからない」というのはバイデン政権の対中姿勢が予測できないのではなくて、バイデン政権が外交や内政で広範に失敗する可能性が十分にあって、次の米国政治が民主党政権であるのか見通せないという意味です。

トランプ政権のような短期で劇場型の対中強硬策であれば、チャイナ側は「等価報復の原則」に従って、報復措置をとるだけで済みました。3を打たれれば、1でも5でもなく、3の報復措置をやるだけでした。チャイナにとってラッキーだったのは。トランプ政権に米国一国主義傾向があったからです。「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン。」

米国のパリ協定からの脱退を始めとして、新コロ禍で米国がWHO脱退宣言をすればすぐさまチャイナがWHOへの寄附を表明して発言力を高めようとするなど、ひとつひとつ米国が抜けたところの穴埋めをする作戦をとっていました。その意味では、短期では香港市民弾圧や新疆ウイグル自治区人権弾圧疑義、新コロ起源疑義を始めとした「反中」喧伝、ファーウェイ通信インフラ排除、半導体領域における経済安全保障デカップリングなど多くの短期的な外交と産業での痛手をくらったものの、実はチャイナにとってはトランプ政権時代は長期的には外交力を高めるのに好都合な時期でした。米国が一国主義を行動に移せば、チャイナが多国間協調で外交得点を稼ぐという構図です。

 

一方で、バイデン政権は米国民主党政権の旧来的な「兵站」を伸ばした対中強硬外交戦略になることは予想されていました。これはチャイナが展開してきた多国間協調とバッティングしますので、チャイナにとって同じ土俵で闘うには不利になります。米国による国際協調とチャイナによる国際協調が同時に展開されれば、現時点では先進国は米国になびくわけでして、チャイナにとって分が悪いわけです。チャイナ側は、不利なだけであればそのバイデン政権の期間を耐えればよいだけということになりますが、問題はバイデン政権の支持率が下がり次期大統領選で大きく揺り戻しがあって、ネオトランプのような強力な共和党大統領と対中強硬な共和党主導の議会になることでした。これがチャイナにとって不都合だけれども可能性ある悲観シナリオだったわけです。

 

そこで、チャイナは十四五でも、「内循環を主軸にした、外循環をあわせた双循環」という概念を持ち出しました。

端的にいえば、次の5年間は「Go Global」といった対外積極投資姿勢のイケイケどんどん経済政策ではなくて、内需やサプライチェーンを健全に育てて、手を付けるのが困難だった国有企業財政問題解決、地方政府財政問題解決などで、国内の産業経済の膿を出して足腰を鍛えようというものです。外向きへのリソース展開してきたために、色々と国内のマネー・産業経済に問題も生じたので、ちょうど米国の次の政権がどうなるかわらかない不確実な状況だから、これからの5年は2020年代後半から再度米国と対峙していくために国内問題に確実に取り組んで解決していきましょう、というスタンスです。

この外交関係から導かれる、「内循環」甲羅モードによる強い内政引き締め意志が、今般の教育・エンタメ産業等の「紅い鉄槌」へと繋がってくることになります。

 

 

3、甲羅モード期間中の「紅い鉄槌」

 「内循環」甲羅モードでは、チャイナ外の一帯一路構想下でのインフラ投資プロジェクトが一時停止になるなど様々な影響が出始めています。例えばチャイナと欧州をつなぐ中間位置にある中東欧とチャイナの「171」協力もプロジェクト凍結が見え始め、中東欧国家が非常に消極的になってきています。ある意味では、チャイナによる「能動的消極転換」ともいえます。かといって、チャイナにとってもこの外交フレームを壊す必要もないので、そこそこのメンテナンスコストを投じて錆びつかないように、塩漬けにしておいて、何らかの機会が再来したときに復活させる算段かもしれません。

 

「内循環」甲羅モードは、言い換えれば外交力を落として、内政を充実させるという資源分配です。

 内政においては、産業調整が顕著に現れ始めることになります。

2020五中全会後の甲羅モードの肝(党の意志)は内政の足腰を鍛えることですから、外交に回されていた各種資源が、徹底的に国内経済の膿を出し、産業の効率化を目指して、庶民生活と社会統治の安定性を保つための補修材料資源として使われます。

対外インフラ投資の突然途中ストップで、悲鳴をあげるチャイナ受託企業も現地政府・企業に対しても「キミたちがどうなろうと知らんがな」と言わんばかりの方針転換です。さすがチャイナ、ヒドい、冷徹です。ビジネスはサイコパスほど強い局面がある、などと一般的に言われたりもしますが、チャイナの産業経済政策は、サイコパスなワンマン社長のキったハった経営を見ているようです。

 

202011月に予定されていたアリババ系のアントファイナンスグループの大型上場案件が当局の意向によって、その直前の113日延期となりました。今から振り返れば、甲羅モード期間の初鉄槌でした。鉄槌前の10月にグループ創業者ジャックマー会長が当局に楯突いたことで発生した舌禍事件とも揶揄されますが、実際にはそんな属人的かつ単純なものではなく、長年にわたる金融産業とテック産業のオーバーラップした事業領域の調整だと僕は構造論的にとらえます。

チャイナのフィンテック分野の事業は、規制ガチガチの金融産業主導ではなく、テック産業にグレーな規制のまま開拓をさせたことによって、成長させてきたという側面があります。フィンテックは怪しいから半グレの民間テック企業どもにやらせとけ、的な。

今ではこの「官製アナーキズム」の恩恵をうけて、テック産業が積極投資をおこなってグレーな線引きのまま巨大なフィンテック事業に育ちました。金融産業からすれば自分たちの領域を侵され続けていましたので、改めてフィンテック分野の調整(大ボスが介入してシマを分ける)としてテック産業に強権発動の「紅い鉄槌」が振りかざされたものだと考えます。

 

もちろんここにおいて、当局は金融産業もテック産業も潰すような意向はありません。当局の差配による調整を経て共同的に国内外でフィンテックを成長させよう、という意図です。とはいえ、突然の強権発動に国内外の投資家も含め市場は冷や汗をかきました。まさに「強権アナーキー混合経済」です。日本国内では、「市場を冷やすなんて習近平はアタマ悪い」などという言論もありましたが、その冷え込みも織り込んで別の利を得る計算をするのがチャイナであります(アタマ悪い強権だから脅威なのではなく、強かな計算での強権だから脅威なのです。)。

 その他にも、紅い鉄槌は、データ安全保障に関わるテック企業(既存の2017年からのサイバーセキュリティ法に続いて202191日施行のデータ安全法での規制。例:米国にビッグーデータを流してしまった配車アプリ「滴滴出行(DiDi)」など)に対するものがありました。

また、不良債権処理受け皿となっているメガ国有企業の中国華融資産管理については、金融システムに対する鉄槌は振りかざされることはなく救済措置がとられて多重債務を抱える国有企業らが生き残ってしまいました。しかし、こちらは「紅いすり鉢」といえばよいか、今後、十四五期間中に小さくジリジリと潰していき、甲羅モード期間中に金融システム・国有企業・地方政府財政の膿を出していく算段なのだろうと考えています。

 

 

4、教育産業とエンタメ産業への紅い鉄槌

 さて、ついに本題です。将来的な米国覇権にチャレンジするための、直前の踊り場としてこの甲羅モード期間=5年間(十四五期間)が紅い鉄槌を振りかざしまくるフェーズであるというのが僕の考えです。甲羅モード期間でなければ、問題は先送りにされて、こんなにハレーションの多い内政課題に本腰を入れて取り組むことはなかった(できなかった)でしょう。強権的な施策が、社会実験も兼ねて飛び出してきます。

 

 前述の金融(国有企業改革、多重債務処理)やテック(フィンテックとデータ安全保障)領域とは異なった文脈での鉄槌が、人口構造に対する施策です。すなわち超高齢社会による財政破綻を是正するための措置です。これまで習近平政権が発足マルマル2期(10年目に突入)を経ても、着手できなかった領域にようやく入ってきたもので、その意味では教育産業やエンタメ産業の規制は「実は突然ではない」ものです。ましてや、政策対立ではなく過去の属人的政局対立を演繹した「文革再来論」は解像度が浅いものと言えるでしょう。

 年金基金は近未来に破綻状態であることはずっと言われてきましたが、これを是正するためには人口構造を変化させて働ける現役世代の人口を厚くしなければなりません。いわゆる「一人っ子政策」による抑制も今は昔、2016年には2人っ子が全面解禁され、現在は3人っ子、言い換えれば多産奨励政策に切り替わっています。出産が少なければ年金基金が破綻し、それでは多産奨励しようかといえば出産保険と出産手当(間接的には出産休暇制度や公的インフラ建設のコスト)といった家庭福祉支出での政府財政への逼迫があります。まさに、日本が抱える出産育児の公的支援問題と同じです。無い袖は振れぬ、と。

 

 しかしながら、「政策による少子化」から「意欲による少子化」に変化していることが、当局にとってはマネージできない壁として立ちはだかりました。

2020年に実施された第7回全国国勢調査の合計特殊出生率で「1.3」でした(基準日は111日。その前の第6回は2010年に実施)。実はその事前予測は1.8だったので、「意欲による少子化」の影響が甚大であることを当局が悟ったのは、つい最近のことだというのがわかると思います。オーマイガ。ここから当局上層部の冷徹な合理化マシーンが、「うーむ。それならば…。ワレワレが人民を領導し多産に関与しなければ国家は破綻する。」と計算しだしたわけです。

 

 そこから怒涛の紅い鉄槌劇場が始まります。多産を奨励し出産から育児そして未成年の教育までを「官」が道を作って指導するという「育児と教育の社会化」です。

 

まず口火をきったのが「双減文件」による、学習負担軽減のお触れ。宿題軽減や塾禁止など多岐にわたるもので、インパクトがあったのは巨大なビジネスへと成長した教育産業の営利事業に対して事実上のNGが出されたことでした。723日と翌市場営業日26日の2日間だけで、教育関連上場企業あわせて市場価値2000億人民元(約3.4兆円)が失われています。閉鎖、倒産の嵐です。

なぜ教育産業はダメと当局が判断したかというと、過度な教育投資環境がバブルの様相で継続的に発生し、都市中間所得層が経済余力の限界を理由に複数の子どもを生むことに意欲を失うという考えです。これを是正するために、民間教育ビジネスによって高くなってしまった教育費を強制的に下げようという発想で教育産業規制につながります。日本のSNSでも「SAPIXの高額授業料で、タワマン住人なのに生活が辛い…」といった話がやり玉に上がっていましたが、バブル化する教育投資は少子化の一因になっていて、それを解消すれば多産になるかも、というのは仮説としては十分に納得いくでしょう。自由な民間ビジネスや教育をさせる権利を強制的に奪うチャイナの私権制限は独特すぎて、急にはついて行けないものなのでありますが。

 

8月初旬には、ゲームは「精神的アヘン」である、と国営プロパガンダメディアで批判されました(後に、記事自体は撤回されています)。エンタメコンテンツプラットフォーマー最大手のテンセントはそれに対応し、ゲームプレイ時間の自粛を発表しました。しかし、これでは当局の要求水準に達しなかったようで、830日にはコンテンツ産業を管轄する国家新聞出版署からネットゲームサービスを提供する企業に対し、未成年のオンラインゲームプレイ時間を毎週金・土・日と祝日の20時から21時の1時間のみに制限せよ、というお達しがついに出てしまうのでした。ペアレンタル・コントロールの亜種ですが、毎週わずか3時間はキツイですね。

 ファン経済については、827日にインターネット情報弁公室が、92日に国家広播電視総局がそれぞれ違った角度から「推し活」を中心とした様々な過度ファン活動を禁止しています。

エンタメ業界のビジネス全般を冷やし、将来の投資熱まで過冷却してしまうほどの今回のお触れについて当局の真意は測りかねるものの、ソシャゲやファン活といった青天井課金システムが発展したエンタメにのめり込んでしまう未成年がいると、ひとりの子供の「生活費」として家庭のコスト増につながり家庭の多産の障害要因となりうること、将来的な婚姻から出産につながる自由恋愛を妨げることなどは理由にあげられる筈です。

 

98日に中央宣伝部から発表された女性っぽい男性はアウト、といったBL規制(※一般論として、LGBTQであることはチャイナでは違法ではありません。)については、直接的に多産につながる男女の恋愛を阻害する概念であるということが忌避された可能性と、エンタメの一環として無駄なコスト増につながると判断された可能性の2要素が重なるものです。

 

確かに、経済学者ヴェブレンの「顕示的消費」を鑑みれば、こうしたロジックは成立します。親は他の家庭に負けないように教育投資に熱を上げてしまい、未成年は別のプレーヤーやファンに負けじと射幸心を煽られコンテンツ投資をしてしまいます。マクロ経済ではなく、ミクロな事業領域においてもバブル経済が発生してしまうのでこれを統制していくという手法は、中国では国家発展改革委員が担当してきました。兎にも角にも、バブったエンタメ事業領域についても官が徹底的に介入するという姿勢への転換です。

 

5、チャイナが負担してくれるトンデモ社会実験コスト

 実はチャイナの育児保育サービスは、中華人民共和国が建国され社会がそこそこ安定していた間は、改革開放が社会浸透する1990年代前まで社会化されていたものですが、自由経済を導入するにあたって「育児と教育の家庭化」が進みました。

今般の方針転換はイデオロギーに基づいた社会化への回帰というよりも、より未来志向の経済的調整をロジックとした社会化ですので、「回帰」という表現は正しくないように思われます。

 

 「意欲による少子化」という人口構造問題の最大要因は判明しているものの、自由民主主義国家が踏み入ることのできなかった各家庭問題への介入を、チャイナは強権発動で開始しました。原理的な社会主義イデオロギー回帰とは異なった、「育児と教育の社会化」への経済合理性ベースでの社会実験です。

 

 チャイナが犠牲(コスト)を払って社会実験してくれてるものなので、もしその施策のひとつでもうまくいくものがあるのであれば、我々自由民主主義陣営はそれを研究しても良いでしょう。採用するかどうかはまた別の問題として、ではありますが。

人民の多大なる犠牲を経て、この施策が今後どうなるのか大変興味深いものです。

本当に多産につながるのか。(つながらないで失敗するのか。)

射幸心を煽った退廃的ビジネスと化したエンタメだけが削ぎ落とされ、その他の細分化されたエンタメとサブカルは残っていくのか。(規制アクセル踏み込み過ぎてあらゆるエンタメが壊滅してしまうのか。)

 

 それから、皆さん気になるところだと思いますが、これらの施策によって、教育とエンタメ規制は多くの人民に不満をためます。親も子どもも嫌な人多い筈ですよね。どう勉強すればよいの?どう遊べばいいの?と。これまでお金で勉強とエンタメを買っていたわけですから。

富裕層は国外に飛んでこれらの規制を逃れます。そこで、昨今は富裕層未満の所得階層を満足させるために、「共同富裕」という大政策も発表され、大手プラットフォーマーなどが当局から1社単独で1.7兆円(!!)を寄付させられる(ショバ代をカツアゲされる)ことになるなど、大衆人民への飴も忘れてはいません。本文では詳細は語りませんが、目下、習近平指導部2期目の最後で、前例無き3期目連続を狙うに当たって、トリッキーな飴と鞭が矢継ぎ早に展開されていて面白いところです。

 

 党として外交ポジションニングの数十年単位の戦略を描きながら、GDP100兆元(1700兆円)を超えたチャイナを支配する習近平指導部が、短中期の位置づけとして今後5年、10年で展開する施策は大変興味深いとも言えます。チャイナに関しては、いま発生している個別の規制だけみても「なにこれ?」となりますので、彼らの長期戦略からみていくことが重要です。

我々ができないような高コストな社会実験をやってくれるので、政策アイディアとして眺めると学ぶところも多い紅いピタゴラスイッチです。

 

 

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中川コージ(なかがわ こーじ)

1980年埼玉県生まれ。埼玉県立熊谷高等学校、慶應義塾大学商学部を卒業後、北京大学大学院光華管理学院戦略管理系国際経営戦略管理学科博士課程修了。経営学博士。英国留学、中国留学を経て、中国人民大学国際事務研究所客員研究員、デジタルハリウッド大学大学院特任教授を歴任し、2017年より『月刊中国ニュース』に携わる。同誌副編集長、編集長を経て、2021年より外部監修。家業経営と同時に複数企業の顧問・戦略コンサル業務に携わるかたわら、日本人初となる北京大学からの経営学博士号を取得した異色の経歴を持つ自称「マッドサイエンティスト」として、テレビ朝日系列『朝まで生テレビ! 』で地上波デビュー。ラジオ、ネット番組の出演も多数。現在はYouTube発信にも力を入れている。著書に『巨大中国を動かす紅い方程式』(徳間書店)、『デジタル人民元 - 紅いチャイナのマネー覇権構想』 (ワニブックスPLUS新書)。