昨日(2014年5月27日)、韓国政府は漫画産業の成長を目的とする長期計画を発表しました。その計画には2016年までに漫画等コンテンツ産業へ1400億円の投資を実施、韓国のネット漫画(webtoonといいます)を各国の言語に翻訳して世界への配信、漫画をもとにした「one source multi-use」の活性化等という内容が含まれており、まさしく「国を挙げて漫画産業を成長させる」という表現が適切な国家的な大計画と言えます。
ですが、その計画を見ている私の心境はとても複雑でした。なぜなら、現在の韓国の漫画の衰退を招いた原因は韓国政府と社会にあるからです。
1972年、韓国では12歳の少年が自殺した事件が起こりました。言論界は少年が漫画の影響で「死んでもまた蘇ることができる」と信じて自殺したのであるという内容の記事を掲げ、大々的に漫画を非難しました。その事件以降、韓国政府は「青少年の育成に有害だ」という大義名分の下で漫画においての表現の自由はもちろん、ひいては韓国の漫画自体を弾圧し、それによって「不良漫画」と分類された20、000冊もの漫画が燃やされるようになりました。
そのような政府と社会の漫画に対する見方-青少年に有害なもの-は変わらず続き、韓国の青少年保護法の施行によって多数の漫画家達が「児童の品性を著しく害する恐れがある図書等を製作した」という嫌疑で刑事起訴された事件も起こりました。その事件は6年間の裁判の末に問題の条項に対して違憲判断が下され、漫画家達に無罪判決が言い渡されました。
1970年代より続いてきた政府と社会による漫画弾圧の結果、日本とは異なった特色を持っていた韓国の漫画の芽は完全につぶされました。その空白を埋めたのが当時不法的に輸入された日本の漫画で、日本の漫画が正式に韓国へ輸入されてから、 韓国の漫画は日本の影響を強く受けるようになり、 韓国の読者は韓国の漫画ではなく、日本の漫画を読むようになったのです。
そして韓国の漫画家は日本でデビューしようとしたり、 生計の為児童向けの教育漫画を描くようになったりしました。
それが、最近、大手インターネット検索サービス会社の「naver」等を通じて ネット漫画が流行り、それを原作にした映画などが人気を得るようになると、現在の政府と言論界は「次世代の韓流はネット漫画」などという美辞麗句を使って漫画を褒め称え始めたのです。
つまるところ、韓国政府の発表した漫画産業の成長計画は1970年代よりの過ちを今になって正そうとしているだけということです。
勿論、韓国漫画の衰退の原因には無断複製をはじめとする違法アップロードの氾濫もありますが、今までの韓国政府と社会の漫画に対する見方 -青少年に有害なものなので、規制しなければならない- が重要な原因のひとつであることは否定できないでしょう。
最近、日本でとある漫画が東京都の青少年健全育成条例(新基準)によって有害図書と初指定されたという記事を見ました。 その記事を見た瞬間、私の頭の中をよぎったのは1970年代の韓国でした。 私は問題の漫画の内容を詳しくは知りませんので、それが青少年の育成に有害かどうかはわかりません。
しかし、「青少年の育成に有害」というのは一見当たり前のように見えますが、 実は曖昧で恣意的に判断されがちな危険性を持っているものだと思います。 一度、その判断を過ると、正すまでに30年以上の非常に長い時間がかかるようになります。
私は日本の最近の一連の動きによって日本が韓国の二の舞を踏むようになるのではないかと懸念しております。もし日本の立法者が1970年代の韓国政府のような判断をしたら、 30年後、日本の漫画は世界から忘れ去られてしまい、政府が漫画産業を成長させようとする計画を立てるかもしれません。
そのようなことが起こらないよう、祈っております。
パク・ドジュン(박도준 PARK Do June)
1982年生まれ。延世大学法学部卒業。弁護士(大韓民国)。ソウルを拠点に、マンガやアニメ等のいわゆる「非実在青少年」の性表現を理由に検挙された漫画家や翻訳家への、司法支援活動を行っている。