2018年4月16日月曜日

著作権侵害サイトのブロッキング問題に関するシンポジウム

著作権侵害サイトのブロッキングをめぐる問題に関して、さっそく二つのシンポジウムが開催されます。


緊急シンポジウム「これからのネットづくりと海賊サイトへのブロッキング要請を考える」
 http://icc-japan.blogspot.jp/2018/04/blog-post_14.html

 一つ目は4月18日(水)で、こちらはマンガやゲームなどの表現規制に反対している「コンテンツ文化研究会」さんの主催によるものです。お声掛けを頂き、「うぐいすリボン」も共催団体に名前を入れさせて頂きました。
【緊急開催】著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する緊急提言シンポジウム 
 続いては、4月22日(日)で、こちらは鈴木正朝先生が理事長をされている「情報法制研究所(JILIS)」さん主催のものです。先日発表されたJILISの意見書にもお誘いを頂き、荻野(うぐいすリボン理事)も賛同者として末席に加わらせて頂いております。

2018年4月3日火曜日

訃報:笹井一個さん

 うぐいすリボンの理事をして頂いていた、イラストレーターの笹井一個さんが、3月20日にお亡くなりになりました。43歳でした。

 まだ「うぐいすリボン」という会の名前もなく、静岡で少人数が集まってフィクションの規制問題についての勉強会していた最初期からの仲間でした。

 現在、会のロゴなどに使っている「うぐいす」のデザインも、笹井さんがして下さったものです。



 世界的には表現の自由のための運動を象徴する青のリボンですが、日本では既に拉致被害者の方々の運動のリボンとしてよく知られていましたので、別の色を探していたところ、ほとんどの色が何らかの運動で既に使われていたこともあり、私たちは「うぐいす色」というかなりマニアックな色にたどり着きました。

「うぐいすなら、自由に歌う鳥のイメージで、この運動にぴったり合っているのではないか」と軽い気持ちで荻野が話したところ、行動的な笹井さんは、さっそく、うぐいすをモチーフにしたリボンのデザインを考えて、何種類ものラフや色見本まで送ってくださり、そんな笹井さんに後押しされて、「うぐいすリボン」という活動は始まりました。

(笹井さんの同人誌:「さくまさんのこと」より)

 笹井さんのご冥福を、お祈り申し上げます。

2018年2月24日土曜日

江戸の出版統制 ~近世という窓から現在を考える~

演題:江戸の出版統制 ~近世という窓から現在を考える~

日時:2018年2月24日(土) 19:00〜20:30
場所:あうるすぽっと3階B会議室(豊島区立舞台芸術交流センター)
講師:佐藤至子さん(日本大学文理学部国文学科教授)



内容:
 2017年10月に刊行された『江戸の出版統制 弾圧に翻弄された戯作者たち』が話題の国文学者:佐藤至子さん(日本大学教授)の講演会を開催します。江戸の幕政改革期における出版統制の歴史等についてご講演を頂きました。

資料:近世という窓から現在を考える ―江戸の戯作と出版統制―


主催:特定非営利活動法人 うぐいすリボン
後援:公益社団法人 日本図書館協会



皆様へのお願い
今後も「表現の自由」に関する講演会等を継続するために、皆様からの寄付を必要としています。クレジットカード、コンビニ支払、銀行振込、ゆうちょ振替で簡単に決済できますので、ぜひ御協力くださいませ。




2018年2月12日月曜日

『極東のビッグブラザー』と言論統制~ソーシャルゲームに見る中国の最新表現規制について。

中国当局によるインターネット・ゲームの規制強化が話題になっています。
この問題について中国共産党の情報通信政策等に詳しい中川幸司さん (経営学博士 北京大学大学院) に解説をして頂きました。



『極東のビッグブラザー』と言論統制~ソーシャルゲームに見る中国の最新表現規制について。



 1990年代から2000年代にかけてパクリ作品、ズッコケプロパガンダ作品が跋扈していた中国コンテンツ産業(アニメ・コミック・ゲーム産業。ACG産業)。アングラな違法利益を謳歌するパクリコンテンツ販売ビジネスと、中国政府のプロパガンダ作品制作に勤しむバブリーなズッコケ補助金ビジネスでした。実はその傍らで、ゆるやかにオリジナル作品を作り出すレベルも徐々に向上してきていたことは、日本ではあまり知られてないかもしれません。

中国のコンテンツビジネスについて、この数年を振り返れば、いまや高品質の中国独自作品が勃興しつつある状況になっています。また、中国内でヒットしたソシャゲ(ソーシャルゲーム)の『アズールレーン』が、日本に紅船(黒船の中国船版)として上陸し大成功をおさめたこともエポックメイキングでした。中国コンテンツの品質は相当に上がってきています。

高品質な中国独自コンテンツの勃興と称しましたが、中でも別次元でレベルが高いのがオンラインゲームやソシャゲです。映画、アニメやコミックのレベルではないほど成熟ステージに入っています。実はこの背景は、中国の統治機構に起因するもの。本稿は、今般加速しているソシャゲの中国当局による表現規制・禁止措置について主に解説いたします。まず初めに中国のコンテンツ規制全般についてご紹介しましょう。

中国流の規制とは?

多くの日本人に誤解されていることが多いのですが、そもそも中国に「言論の自由がない」という明文化規定はありません。中華人民共和国憲法第三十五条によれば、「中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進、デモの自由を有する。」とされています。さらにその憲法にはその他「民主的」な条文も明記されています。
しかし同第三条によって「中華人民共和国の国家機構は、民主集中制の原則を実行する。」とされており、ここに金科玉条の如く守られる中国共産党(中共)指導部の絶対性と正統性の源があるわけです。民主集中制は、「指導部」に国家権力を集中させ、その指導によって国民が統治される体制です。これによって中共指導部の領導のもとにすべての国家統治機構が規定され、中国公民生活の隅々に至るまで(ときには個人の思想にまで)中共指導部が介入することが正当とされるのです。ですから、根本的に論理矛盾を抱え、「中国は言論統制の国。言論の自由も、表現の自由もない。」と諸外国から批判されるわけですね。

さて、実質的に言論統制国家である中国のコンテンツ産業の表現を規制する行政組織についてご紹介しましょう。
もともと、中国のコンテンツ産業の管轄当局は、過去数十年間に渡って、大まかに国家広播電影電視総局(略称:広電総局)、国家新聞出版総署(「国家版権局」と組織一体・名称違いの不思議構造)、国務院文化部(日本の省に相当)が担当していました。紙媒体の出版物は主に国家新聞出版総署が管轄し、デジタル等のコンテンツは広電総局が管轄し、それぞれ作品が世に出る前に「審査・検閲」をしていました(これにパスしなければ出版が認められないわけです!)。そして、コンテンツ規制という文脈では、文化部はコンテンツの公序良俗違反等を事後的に調査チェックする機関であって行政指導を実施します。

20133月の中国の省庁再編によって広電総局、国家新聞出版総署、国家版権局が統合され国家新聞出版広電総局が新設されたことにより、コンテンツを網羅して「審査・検閲」が一本化されました。新聞出版広電総局はネット上の言論統制(検索エンジンや、中国版ツィッター・ブログなどのSNSも含む)も担当しているので、その強大なパワーをもってネット民に恐れられています。政府の意向に反する文書がネット上に上がれば即座にあらゆる伝統メディア・ネットメディアから関連情報を削除する権限と力。民主主義国家の権力中枢の為政者は、この力が欲しくてたまらないかもしれません。
一方で、新聞出版広電総局が必死に「火消し」に走る態度からネット民から批判の的になったり、茶化されたりもしています(本筋とは外れた中国公民のボヤキや批判は、とくに当局から弾圧されることはありません)。現在は新聞出版広電総局と文化部の2組織が中国コンテンツ産業の管轄・規制当局ということになります。

また、文化部は日本の「省」に該当するので純粋な行政組織の官庁としてイメージがわきやすいかと思いますが、新聞出版広電総局は、共産党中央宣伝部の下位組織であり国務院直属機関(省級)でもあります。政党に属する組織でもあり、行政組織でもある。このあたりが、多くの日本人にとってはわかりにくいところかもしれません。
オフィシャルには新聞出版広電総局と文化部は、権力構造上並列レベルで国務院の省級国家組織の位置付け。実態は、中共指導部の宣伝工作方針をモロに受けて党の影響が直接的に強い新聞出版広電総局と、相対的には党から独立性のある文化部といったイメージです。
 時の政権によって、この2組織のパワーバランスが若干変化しますが、現在の両組織のトップは十九大(中国共産党第十九回全国代表大会。201710月に開催。5年に1度の党大会、党内序列・人事が発表される。)において、ともに中央委員会委員に選出されているので、トップの人事的にもさほど上下関係は明確ではありません。ただし、その組織構造から、新聞出版広電総局のほうが政権中枢から暗躍を期待される特務機関(!)の性質があるといえます。



管轄の抜け穴で成長したゲームビジネス

中国のコンテンツ産業で突出して制作レベルが高くなったのがオンラインゲームやソシャゲです。これは、中国内で他のコンテンツがパクられるものであった(音楽CDDVD、アニメ、パッケージゲーム、コミックなど。違法にコピーされて販売される。違法ではあるが取り締まられなかった。)が、本質的にオンラインゲームコンテンツはパクられ難かったこと。GSM規格世代の携帯電話時代から携帯上決済やプリペイドカード課金が可能であったこと。といったオンラインゲームとソシャゲだけ特殊で有利なコンテンツビジネス環境があったことに加えて、他のコンテンツでは軒並み制作サイドの足かせになっていた商業コンテンツの当局による事前「審査・検閲」がオンラインゲームとソシャゲだけ手薄だったことが大きな追い風になっていました。

当時、中国のコンテンツ産業においては、広電総局が映画、テレビ番組の媒体に流れるドラマやアニメ上の表現を規制し、国家新聞出版総署がコミック上での表現を規制していたのですが、ネット上のデジタルゲームコンテンツは実店舗でパッケージソフト販売する出版物でもなく既存の伝統媒体を必要としないビジネスでした。つまり20年間近く偶然にも規制から緩やかに免れる聖域になっていたのです。

更には、この20年間は中国政府がICT振興策を国策として奨励していた時期とも重なります。インターネット領域の事業に関しては次世代国家根幹産業として、ある程度、規制を緩めて民間を育てようという国家の大方針もありました。そのような状況で、デジタルゲームコンテンツを厳密に所管する行政組織がどこになるかについてまとまりきらず、その行政対応(規制)が本気にはなされませんでした(当時、政権が本気になれば何らかの方策で簡単に取り締まることは出来たはずです。)。
そのため、デジタルゲームコンテンツビジネスには熱烈歓迎モードで民間の開発マネーが流れ込み、そのビジネス成長スピードが凄まじい業界になっていったのでした。業界全体が政府の色がついていない民間資金を潤沢に持つ生態系となったのです。
これが中国のオンラインゲームやソシャゲの礎になり、現在の中国ゲームコンテンツのレベルの高さに至っています。コミック、アニメ、映画などのコンテンツレベルはまだまだ後進国ですがゲームは超級爆進中。現在では14億人のうち半数以上がネットにつながっていると言われる中国、広大なマーケット需要に対応して優良ゲームコンテンツが続々登場してくるでしょう。
 


第2期習近平政権で、強まる言論統制(規制開始の動機)

 中国内のコンテンツビジネスにもかかわらず事業環境が良く、偶然にも規制抜け穴となり同時に当局から意図的に規制野放しにされてきた歴史から、次第に発展してきた中国ゲームコンテンツビジネス。しかし、いよいよ中国当局が「表現規制」国家の本性を現すようになります。

前述の十九大を経て習近平総書記(国家主席)政権第2シーズンがスタートしました。中国の政権(ひとりの国家主席のもとでの指導体制)は、1期5年間×2期で10年間が区切りです(習近平氏はこれを延長するかもしれないと噂されていますが)。政権1期目は権力基盤を安定させるための期間、そして2期目が総書記のイデオロギーを具現化していく期間と言われます。つまり習近平氏の本領発揮はまさに2017年末からなのです。

 特にこれまでの近年の中国政権(江沢民政権、胡錦濤政権)に比べて、習近平政権は、政権第1期の政敵粛清を徹底的におこない(「反腐敗」キャンペーンを名目的に利用)、超大物政治家を投獄し、党内の反発も抑えつけることに成功したため、近年に類を見ない強大なワンマンリーダー体制になっていることが特徴です。
 十九大では、「社会主義文化強国」の実現を高らかに掲げ、習近平指導部からトップダウンで大衆思想コントロールを巧妙に実行していくようです(大衆に芽吹く不満分子は、小さなうちから刈り取る)。

 このような状況から、もはやゲームコンテンツも規制の蚊帳の外ではありません。国家経済にビッグインパクトを与えるほどではない規模のコンテンツ産業の多少の落ち込みがあったとしても、大衆の不満・世論コントロールのほうが政治的重要課題である、という意気込みが習近平氏の発言に見え隠れします。当局が世論コントロールしやすいようにあらゆる言論・表現活動を手中におさめておくという方針になってきました。
十九大が閉幕した201710月から習近平氏の「報告(指導方針)」を関係機関が忖度し、2018年初めから急激に中国ゲームコンテンツ業界に表現規制の嵐が吹き始めています。



文化部を使って出口をコントロール(規制の手法)

 今般の中国ゲームコンテンツ業界への規制は、コンテンツ規制の急先鋒であった新聞出版広電総局ではなく主に文化部が主体となっておこなわれています。日本に漏れ伝わる関連ニュースなどをみても「文化部が・・・」という主語で語られているものが多いですよね。
 先に解説したようにゲームコンテンツは管轄の穴。「入り口」で規制をかけることは難しいので、「出口」で規制をかけるという運用方針にしている、と捉えるとわかりやすいかもしれません。これまでの中国のコンテンツは新聞出版広電総局の「審査・検閲」によって事前に規制の網をかけてきました。しかしゲームコンテンツは現状では検閲の抜け穴になっているため、すでにリリースされているゲームについて「文化的指導(公序良俗違反等)」として規制をかけるテクニックを使っています。
事後的な規制をかけることで業界を律する政権の意図がみえてきます。ゲームコンテンツ開発企業としても、リリースした瞬間に当局から規制をうけるのは経済的損失になりますので、自主規制をしていくことになるわけです。当局はリリースをとめることはしないけど、過度な違反表現でのリリースとして行政指導ペナルティを与えます。

 ちなみに、管轄の主導権争いは官僚制度の常。本件に絡んで文化部の動きが突出して活発化していますので、新聞出版広電総局と文化部のコンテンツ規制管轄権争いの可能性も想定しましたが、第2期習近平政権は発足したばかりですので、習近平指導部の両組織へのコントロールが効いた上で文化部が動いていると観察していたほうが現状では適正かと思われます。新聞出版広電総局も動いていますが、主に文化部主導案件が多い印象です。



上意下達と忖度による現場の猛烈実績アピール(規制の実施)

十九大が中国共産党最高指導層の人事にあたりますが、数ヶ月かけてゆるやかに省単位、市単位までの共産党人事(≒行政担当官人事)がおこなわれます。201710月に十九大が閉幕し、2018年前半は各レベルの行政単位で新任の行政担当者が着任して、その手腕をこれから発揮しようとするタイミングです。次の出世を狙って鼻息が荒い!
 担当者がかわれば、前任者よりもあからさまに実績をあげたいアピールをするのが中共の伝統。各地の省の文化部や、市の文化部などが(ときには、中央の思惑よりも度を越して)、取締・規制を強化してきているのが、まさにいま、2018年前半の状況といえるでしょう。

 2018年1月下旬、中国本土の「アズールレーン」の表現規制も文化部の主導によって安徽省蕪湖市当局が「文化的指導」を行いました。「アズールレーン」開発会社(上海蛮啾網絡科技有限公司と厦門勇仕網絡技術有限公司)への指導ではなく、同タイトル中国内パブリッシャーとしてのゲーム運営・コンテンツプラットフォーム「ビリビリゲーム(嗶哩嗶哩ゲーム)」に対して「女性キャラクターの裸の露出が多く、社会の公共道徳に背く禁止内容があった」として、行政指導(処分)したものです。
中国のSNSではこの措置をうけて、やや自嘲気味に「文化部はじまった!」的な書き込みが目立ちました。民主的な選挙もないので政治批判の受け皿もありませんが、今のところ総じて「しゃーないなぁ」程度で収まっているようです。
 
 中国経済全体のパイから見れば小規模な特定産業(コンテンツ産業など)の振興よりも、言論統制社会の厳格化を望む第2期習近平政権。今回、槍玉に挙げられたのはゲームコンテンツ業界でした。急速に大衆から自由な言論と表現の空間を奪ってゆく中国共産党。
『一帯一路(現代版シルクロード経済振興策)』で古典的な重厚長大産業から経済を活性化させ、国策のAI開発で産業振興と言論統制を強める姿勢はますます先鋭化しそうです。
民主集中制の政治指導体制とAIICTを駆使した言論統制監視社会。まさに『極東のビッグブラザー』の誕生を、我々は隣国として遠目で眺めているだけではなく、積極的に知っていくことがリスク回避になるでしょう。



2017年末、中国共産党中央宣伝部、中央インターネット安全情報化指導チーム、工業情報化部、教育部、公安部、文化部、国家工商総局、新聞出版広電総局の8組織連名にて『ネットゲーム市場管理の厳格な規範についての意見書』が提出された。これに基づいて「流出した」とされる指導対象となる具体的なゲームタイトルと指導事由の表(中国内SNSに流出)。4番の『神無月』などは、「胸元をクリックして対話。テキストが公序良俗に反する」といったもの。

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中川コージ
NAKAGAWA Kozi, Ph.D.
戦略科学者。SF愛好家で非電源ゲーム(ボードゲーム・カードゲーム・トランプなど)コレクター。ゲームの本質を見極めるため「ゲーム戦略」研究の道へ。慶應義塾大学卒業後、英国・中国に留学。北京大学院で日本人初の経営学博士号を取得。日本・中国・米国を中心に世界のAI・ロボット産業、コンテンツ産業、宇宙産業、安全保障サイバー戦略を研究する。中国人民大学国際事務研究所客員研究員。経営学博士。〔インスタグラム : @kozijp〕〔メール : cafeblog@kozi.jp
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2017年10月29日日曜日

米国コミック弁護基金ブラウンスタイン事務局長講演会

「米国コミック弁護基金ブラウンスタイン事務局長講演会」に参加して下さった皆様、ありがとうございます。当日は、あいにくの台風となってしまいましたが、約70名の方が来場してくださり、非常に有意義な議論ができましたことに、改めてお礼を申し上げます。

日時:2017年10月29日(日) 19時~20時30分
場所:文京シビックセンター26階 スカイホール
講師:チャールズ・ブラウンスタイン (米国コミック弁護基金事務局長)




内容:
 米国コミック弁護基金事務局長のチャールズ・ブラウンスタイン氏をお招きし、マンガと社会をめぐる論争に関する世界の最新事情をご紹介頂くとともに、トランプ政権発足以降のアメリカで静かに進むマンガの販売や図書館配架をめぐる情勢の変化等についてもお話し頂きました。

通訳:兼光ダニエル真

主催:
 コンテンツ文化研究会、NPO法人うぐいすリボン

掲載記事:
 弁護士ドットコムニュース 【米図書館で「ソードアート・オンライン」が禁書に…「表現の自由」を守るNPOが懸念】

講演要旨(英語):
 "Sharing the Language of Comics – Charles Brownstein on Manga and Comics Censorship Today"
 

 また、10月31日には、京都国際マンガミュージアムにおきまして、マンガ研究者の皆様との学術的な意見交換のセッションも開催されました。

2017年9月17日日曜日

法教育性教育の試み-性表現暴力表現をテーマに

ミニ講座「法教育性教育の試み-性表現暴力表現をテーマに」に参加して下さった皆様、ありがとうございました!

演題:法教育性教育の試み-性表現暴力表現をテーマに
講師:鈴木愛子 (弁護士)
日時:2017年9月17日(日) 13時~14時30分
場所:静岡駅前会議室



内容:弁護士の鈴木愛子先生をお招きして、子どもの性表現・暴力表現の受容と、法教育、性教育のあり方について、お話をして頂きました。

レジュメ「法教育 ✕ 性教育の試み」

法教育×性教育の試み
 [横田明美 准教授(千葉大学 行政法学)による実況]

主催:うぐいすリボン



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2017年9月13日水曜日

ケモナー市会議員ドックス事件

コネチカット州ニューミルフォード市(町)の議員だったスコット・チェンバレン氏が、いわゆる「ファーリー」「ケモナー」等と呼ばれるジャンルの成人向け同人誌を発表していたことなどを理由に辞任に追い込まれたことがアメリカの新聞等で報道されています。
この事件について、アメリカにおけるファン・コミュニティ等の動向に詳しい翻訳家の兼光ダニエル真さんに解説をして頂きました。(以下の原稿は2017年9月13日に公開した緊急寄稿を加筆・修正して、正式版として翌日14日に公開したものです)


ケモナー市会議員ドックス事件

寄稿:兼光ダニエル真(翻訳家)



20179月に米国コネチカット州の人口2万人くらいの町、ニュー・ミルフォードのtown councilman(町会議員)furry(ケモナーとよく和訳されます)であるとして晒し行為にあい、一部の住民から批難されて辞職に追い込まれました。

三つの報道記事を読んで自分なりの分析をします。
元ネタの記事:
元ネタを元に各紙で展開している記事例:
後日談的な記事で、ファーリーは不当に弾圧されているのではないかという切り口の記事:


事のあらまし:


前々からケモナーということをあまり隠していないかった民主党派のニュー・ミルフォード町会議員の新人議員スコット・チェンバレン氏。誰からがチェンバレン氏が加盟している会員制ファーリーサイトへとアクセスしてチェンバレン氏のプロフィール情報を根こそぎぶっこぬきました。

この情報をFacebookにリック・アギー氏が「(有権者として)地元町議会のことを知ろう」とチェンバレン氏の趣味や志向情報を晒し、地元民主党の定例会議みたいな普段は何事も無い集会でアギー氏を含む少人数(恐らく一ダース未満)の抗議デモが勃発。「変態が私の町の取り仕切るな!」と連呼しました。

アギー氏の投稿やデモの情報は地元新聞やネットでどんどん拡散してゆきます。
チェンバレン氏は議員になる前からファーリー(ケモナー)であることはあまり隠していなかったが、恐らく回りは「キグルミが好きな人」程度の認識だったのが、会員制サイトで(恐らく想像上の)性癖やエロ創作にまで及んでいたことに驚いた模様。とかく「強姦(描写)を排除はしない」”rape – tolerate”というプロフィール設定がかなり物議を呼びました。

やがてデビッド・グロンバック市長はチェンバレン氏に辞職を迫り、チェンバレン氏は応じます。
なお、チェンバレン氏はグロンバック市長の市長選挙の選挙事務長でした。
二人は恐らくそこそこ親しい友人であり、グロンバック市長からすれば弁護すると「腹心を庇っている」と叩かれるのはなるべく避けたかったのでしょう。

表現の自由や個人の主義主張を尊重するアメリカ的には直接誰かが被害になっている嫌疑が全く掛けられていないにもかかわらず、チェンバレン氏への圧力は不当ではないかという問い合わせに対してグロンバック市長は「公職に就く者にはより高い水準が求められる」と今回の辞職を迫ったことを弁護しました。


ここから兼光の分析を並べます。 


Sex is different「性は別」論:

日本では許容されないような描写がアメリカ映画では多くありますが、一つだけ日本の方が寛容な題材があります。性です。アメリカを論じるとき、現地の人間の間でよく使う表現があります:Sex is different.(性は別。)これはどんな問題も性が絡むと次元が変わるということを示すものです。例えばゲームでそれだけ惨たらしい暴力描写があっても、性行為が絡まない限りかなり許容されます。お色気や性行為を匂わせるだけでレーティングで未成年へのアクセスを制限するのが有名な一例でしょう。

●着ぐるみは禁じられた趣味ではない:

誤解しやすいですが「着ぐるみが好き」だったのが問題ではありません。「着ぐるみ趣味」と「性についての探求」が同居していたことが多くの米国人にとって穏便ではない印象を与えたのです。そもそも「人の道を外れた性の可能性をSNSで嗜む」だけで村八分されてもおかしくない国なのです。米国は個人の権利と表現の自由を尊重する国でもあります。こういった性のサブカル要素を消し去りたい人たちもいますが、多くは「私達の知らないところでやってくれ」という考え方です。しかし公人が「想像上の規格外の性を嗜む」となると正当な理由が要求されます。チェンバレン氏が作家や音楽家、もしくはブラックユーモアを持ち味にしたコメディアンだったらより社会からの風当たりもこれほど強くなかったでしょう。少なくとも有権者を代弁する立場の人間には相応しくないという盛り上がりが発生してもなんら驚きません。人気コメディアンがアダルト映画鑑賞中に劇場で自慰行為に耽ったという理由などで社会的に抹殺されそうになりました。ピーウィー・ハーマンことポール・ルーベンスの事件もまた大変興味深いです。

●米国人の多くの間で想像上の性癖と現実の性癖が一緒にされてしまっている:

日本に比べるとアメリカの方がエロについてリアルとファンタジーの使い分けが下手ですが、アメリカ国内でもかなりの温度差があります。チェンバレン氏などクラスターの中にいる人間と外の人間の間では「想像上に隔離できる物事」について認識が違います。例えば今回の事件でもチェンバレン氏は件のファーリーSNSで「強姦(描写を含む作品)を排除しない」(tolerateは「許容可能」とも翻訳できます)という設定は、Pixivなどの投稿サイトでどんなコンテンツに興味あるかないかを明文化するフィルターです。このことを指摘しつつ「ファーリー趣味は(実際の)性行為とは関係ない」とチェンバレン氏は反論しましたが、「想像上の性行為」と「実際の性生活」を混同しやすいアメリカにおいてはこの反論はうまく響かなかったと言えるでしょう。

●良い性と悪い性議論の典型:

そもそもアメリカでは議員がエロ創作物を書いていた(記事を読む分にはおそらくチェンバレン氏はキグルミとエロ画を楽しみつつ、エロマンガの原作を用意して他の人に作画でマンガを作っていた)段階で議員生命が大ピンチになります。しかしながら例え想像上であっても「強姦を排除しない」というのがプロフィールに結びつくともう完全に「悪い性」という分類に入りやすいです。そもそも「明るいケモナー」と「ド変態ケモナー」という区分が有効なアメリカですから、一旦道を踏み間違えたと認証されると「ケモナーでエロって神への冒瀆だ!」「人間の性の道から外れた変態だ!」という批難が噴出しやすいのです。更には「正しい性創作」という考え方すらあります。「健全な性の営みを描写した創作物は問題ないが、想像上でも強姦などの反社会的な性描写はけしからん」という意見は珍しくありません。ここで断っておきますが、米国最高裁判所はそのような「反社会的な性描写」であっても実在する人間に危害が及ばず(未成年虐待副産物・児童ポルノではない、強姦行為の撮影ではない、プライバシーに抵触しない、等々)、猥褻ではない限り表現の自由の範疇に含まれ、保護対象になりえると判例を構築しています。
法律上は保護されている表現でも、一般的には容認されるべきではないと考える人もいますし、地方や年代によっては許容範囲が大きく異なるのを忘れてはいけません。
それでもなお、「良い性と悪い性」に分けようとする議論はアメリカでは古く、同性愛行為の制限や人種間婚姻の違法化も同じ背景の中で生まれ、撤回されたことを意識する必要があります。

25次元の恐怖:

アメリカでは完全に創作の世界に留めている、若しくは昔から表現の自由の適応範囲内と認識されている領域内であればかなり社会的には快くない事柄や惨たらしい描写も容認されやすいです。しかしコスプレやキグルミなど「創作の世界に近づいている」という姿勢を露にしていると他人から認識されればそこからがリアルでどこからが想像上のプレイなのかが不明瞭となりやすいです。日本のように「空気にあわせて生きるのがデフォルト」ではない社会ですから、価値観が不明な人は非常に怖がられます。これはファーリーだけにとどまる話ではなくてロック歌手なども同類扱いされるでしょう。「ステージでやっているショーをリアルでもやっている」と誤解する人はどこにも居るのです。

●ファーリーの温度差:

日本のオタクも問題児はいますが、「リアルはダメ」という共通認識や規律はかなり磐石であるとわたし個人的は思います。「想像上だけで楽しむ紳士淑女の領域」から外れると途端に集中砲火が始まるでしょう。しかしファーリーは結構古いファンダムですが、全体の自治能力がほぼ皆無に近い側面があります。ファーリーというジャンルは実はものすごく広く、「単にケモノキャラが好き・描く人」から「自らの体を改造してケモノに近づく人」「リアルに獣姦をしたい人」まで含められます。後者ものすごい少数派ですが、外連味の強いので必要以上にメディアで取り沙汰されます。これらファーリーは同じテントの下で仲良くやっているわけではなく、お互いに「オマエ気持ち悪い」とか「にわかファーリーめ」などとやりやっていますが、部外者からすれば総てファーリーとも見えます。もちろん、野球の試合で登場するマスコットが実や獣姦マニアというような認識は世間にはありません。このために「良いファーリー」「悪いファーリー」という二元論が横行しやすいのです。

●「社会からつまはじきモノ」の間の断絶:

この「良いファーリー」と「悪いファーリー」はファーリーのアイデンティティーにも影響を与えます。銃器マニアや人種差別主義者、サバイバルリストはどのファンダムにもいますが、ファーリーの間では結構目立った存在になることがありました。「国家・社会が非寛容であり、自衛する必要がある」「自分の身は自分で守る」という考え方から逆に非寛容的になったり、えげつない商売したり、銃を備蓄する人間もいました。さらには銃を所持容認論から他の社会政策では反論しても最終的には共和党寄りになる人もいました。ポリコレの流れにかなり抵抗している流れが古いファーリーの間では存在していると私は理解しています。「銃器携帯擁護してくれる・独裁的なポリコレに反対する共和党」「銃器を違法化する・ポリコレ推進派民主党」という競争のイメージがファーリーだけに留まらず、多くのファンダムの中に介在することがなくはないことを忘れないでください。

●二種類の容認されるべき公人:

これはアメリカに限った話ではありませんが、多くの人気公人は自らを「聖人君子」タイプか「急進派論客」タイプの方向性で自らを演出します。万人嫌われても特定の主義主張や正義を推し進めるのも私は急進派論客の区分に入れます。本来、政治家は聖人君子的な方向性を演出したがるのに対して、トランプは既存の政治の流れへの不満をうまく捕まえて大成しています。地元民主党なので地元住民からの嫌われたらお終いという点はありますが、チェンバレン氏騒動はこの二つの議論を巻き込んでいます。つまり「ポリコレ」の論法から言えば、ファーリー系も擁護されるべきではないか?という議論が生じるのはポリコレ急進派からすれば自明です。しかし「強姦を排除しない」が擁護論を切り崩します。もし創作者としての背景が強い人ならば「強姦を排除しないはリアルの強姦を肯定しているという意味ではない」と論じることが可能ですが、やはり聖人君子志向の強い民主党派閥としては「弱者救済」的立場を優先させて折れたでしょう。逆に多くの左翼の人からすると想像上の性志向について語ったチェンバレン氏が批難されて、実際に女性への強制わいせつを豪語したトランプ氏が許されるのかという不満がくすぶると思われます。

●アニメ・マンガへの波及の可能性:

端的にいうとあまり無いと思います。それはファーリーが既に50年近い歴史をもっているので古い慣習や仲間意識がネット以前のがまだ強いのに対して、アニメ・マンガファンダムの主力は今や1980~1990年代生まれが主体となっています。メジャーカルチャーの一部として認識されているので「欧米の価値観に馴染む部分と馴染まない部分」で揉まれてきたアニメ・マンガファンは性癖やリアル・創作の使い分けがファーリーよりもかなり意識させられているのだと思います。
またファーリーは全米で大ヒットしている『マイ・リトル・ポニー』ファンダムと一部で重なっている部分がありますが、ファーリーとして入ってきた人間と『マイ・リトル・ポニー』で入ってきた人間では立ち居地が非常の異なるので混同は危険です。むしろ同属嫌悪で『マイ・リトル・ポニー』ファンダムはエキセントリックに見えるファーリーを嫌っているのも予想できます。
最後のファンダムという表現ですが、ファンダムという言葉にはあまり意味はないと私は思います。アメコミのファンも、アニメ・マンガのファンも、SFのファンも、ファーリーも「ファンダム」ですが、お互いにやり取りが多いかというと結構分断されたクラスタの傾向が強いと思います。
日本におけえる「二次創作のコミュニティー」ほど連帯感はないと思います。

●想像上のアイデンティティーの脆弱性:

最後に特定のファンダムではそれ相応のアイデンティティーを構築するのは珍しくありません。ただ、日本ではゲームでネカマやったり、ナチスのコスプレやってもあまり騒ぎになりません。しかし米国だと「自らの出自を偽った行動」と行動だと捉えられ、他民族や異なるジェンダーのアイデンティティーや文化からの搾取に値する「cultural appropriation」と物議を醸しやすいですし、ナチスのコスプレをしているのに正しい答えを用意出来ないと途端に人種差別主義として村八分になります。


最後に今回の騒動の渦中の人の呟きを紹介しましょう。

 Hi, Guys!
Just wanted to let you all know that I'm alive, and well, and taking some 'me' time at Tiny Paws Con. Your support rocks!

こちらのスコット・チェンバレン氏のつぶやきですが
「やあ、みんな!僕は元気だってみんなに伝えたいんだ。あとそうだな、ちょっとTiny Paws Conで自分らしい楽しい時間を過ごしてるさ。みんなの応援、最高だぜ」
とわたしなら翻訳します


補記:

ドクシングって何?:DoxingとかDoxxingと綴ります。解りやすく言うと晒し行為です。






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