2018年11月1日木曜日

署名キャンペーン:「静止画ダウンロード」の違法化を行わないで下さい

【2018年12月追記】

 文化庁の パブリックコメントが始まりましたので、今後はそちらへの意見送付をお願いいたします。
文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会中間まとめに関する意見募集の実施について



海賊版対策として、既に処罰化された映画・音楽に続いて、静止画のダウンロードについても違法化・処罰化が検討されています。
ストリーミングで配信されることが通常の海賊版マンガには何の効果もない一方で、インターネットを使って情報を気軽にスクラップすることができなくなるなど、多大な副作用のある立法であり注意が必要です。(検討対象の「静止画」には、「記事」の画像が幅広く含まれているようです)

そこで、署名サイト「Change.org」 にて下記の署名キャンペーンを始めました。
関心のある方は、ぜひ拡散をお願いいたします。



内閣府知的財産戦略推進事務局 御中

 現在、政府の一部において、「違法にアップロードされた静止画をそれと知りながらダウンロードする行為」を違法化することが検討されています。
 このような法改正が行われれば、人々は、インターネット上の情報を後で確認・検証するためにダウンロードして保存することを躊躇せざるを得なくなります。
 そうなれば、情報流通の自由やインターネットの利便性は損なわれ、インターネット上でどのような表現活動が行われたかの史的資料の保存も難しくなり、人々の知る権利は大きく制限されることになるでしょう。
 そのような事態を招かないよう、静止画ダウンロードの違法化は行わないで下さい。



参考資料(随時追加更新):
朝日新聞2018年10月30日
コラム:山田奨治 (情報学者/国際日本文化研究センター教授)

2018年10月23日火曜日

コラム:海賊版サイトブロッキングが去って、静止画ダウンロード違法化がやって来る?


山田 奨治 (国際日本文化研究センター教授)



 マンガ等海賊版サイトのブロッキング法制化の議論は、首相官邸に置かれる知的財産戦略本部「インターネット上の海賊版に関する検討会議」で委員の半数が反対して、報告書をまとめられない事態になった。この検討会は2018年3月19日に菅義偉官房長官が記者会見でブロッキング実施の意思があることをにおわせた後に作られたものであり、官邸を忖度する官僚にとってブロッキングは既定路線であったはずだ。住田孝之事務局長が最後の検討会で「最初から最後まで異例ずくめの会議でした」と振り返ったのは、反対意見を一応聞いたうえでシャンシャンにする会議のはずだったのにということだろう。

報告書に両論を併記してしまうと、政府はそれを根拠にブロッキングの法制化をしてしまいかねない。現政権の政治手法はそういう疑いを抱かせるに十分だ。わたしは、ブロッキングに反対した委員たちに賛同するし、両論併記の報告書を作ることも阻止した強硬姿勢を支持したい。

いや、報告書などまとまっていなくても、政権与党は数にものをいわせて議員立法にしてしまうことだってできる。何といってもブロッキング推進派は官房長官に発言させるほどの力をもっているのだ。3月19日の記者会見で官房長官に上記の発言をさせる質問をしたのが、KADOKAWA傘下のドワンゴの社員だったことと、検討会議でブロッキング法制化を執拗に主張したのがカドカワ社長の川上量生だったことを、よく味わいたい。彼らは筋書きをもって動いていたとみえるし、あるいは議員立法に向けたロビイングを、すでにしているかもしれない。

 そんな勝手な憶測は脇におくことにして、ブロッキング法制化以外の手法に官民をあげて取り組むことには誰も反対していない。そこで改めて浮上してきたのが、違法にアップロードされた静止画をそれと知りながらダウンロードする行為を違法にすること、すなわち静止画ダウンロード違法化である。

静止画ダウンロード違法化は、6月22日の第1回検討会議で事務局が出した「タスクフォースにおける主な論点(案)」に「違法アップロードされた静止画のダウンロードを私的複製の対象外とする」という形で最初から入ってきた。実は米国は日本政府に対して、デジタル環境下では私的複製の範囲を限定せよという要求を2000年の時点で行っていた。そして2010年に、音楽と動画に限って違法にアップロードされたファイルをそれと知りながらダウンロードする行為を違法にした(いわゆる違法ダウンロード違法化。詳しくは拙著『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』第4章)。それからさらにわずか2年後の2012年には、多くの専門家の危惧に耳を傾けることもなく、業界団体のロビイングを受けた議員立法によって、違法ダウンロードのうちの一部の行為を刑事罰の対象にした(詳しくは拙著『日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』第3章)。実は米国は、違法ダウンロード違法化を音楽と動画に限らず、すべての種類の著作物に拡大するよう、2011年に日本政府に要求している(詳しくは拙著『日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』第1章)。静止画ダウンロード違法化が論点にあがった背景にはこれもある。

 米国の要望が、日本の立法にはたしてどれだけの影響を及ぼすものなのだろうかとの疑問はあるだろう。おなじように米国から要望されつづけ、実現してしまいそうなことに著作権保護期間延長がある。保護期間延長は国内に根強い慎重論があり、ずっと棚上げにされていた。TPP交渉で米国から再び延長を迫られた結果、国内からの危惧の声と議論の積み重ねを無視して協定を結んだ。そして他国に率先して法改正をし保護期間を延長したものの、肝心のTPPから米国が抜けて改正法の施行が宙に浮いていた。そんななか、EUとの経済連携協定のなかに保護期間延長を目立たぬように潜ませ、TPP11で延長義務がなくなったにもかかわらず、その批准のための法改正のなかで延長を再び決めてしまった。このように日本の著作権法は、もはや米国に忠実であらんがために変えられる状況に陥っている。

 そんななか、静止画ダウンロード違法化はブロッキングによらない海賊版対策として、ブロッキング反対派を含む複数の委員が支持した。しかしそれを危険視する声もあった。音楽と動画に限った違法ダウンロードを違法化・刑事罰化にしたときも、はたして実効性があるのか、インターネットの利便性が損なわれる、個人が家庭内で行う行為に公権力を及ぼすことには抑制的であるべきだ、といった意見があった。

ネットユーザーにとっては、写真やイラストをダウンロードして私的に使用するのは日常的な行為といえる。それを違法にしてしまうと国民生活への影響があまりに大きい。そもそも、問題になったマンガ海賊版サイトはストリーミング配信であり、静止画のダウンロードを伴わない。しかし、検討会の中間まとめ(案)には、それらに留意しながらも、「直ちに検討を行うことが適当」(40頁)と書かれてある。

 こうしたことを踏まえると、ブロッキング法制化によらないマンガ海賊版対策のひとつとして、著作権法を改正して、違法にアップロードされた静止画をそれと知りながらダウンロードすることを違法にしたり、刑事罰をつけたりすることが、これから検討されることになるのかもしれない。

静止画ダウンロード違法化は、これだけ取ってみれば大問題なのだが、それでもブロッキングよりはマシだといった論理がまかりとおるのだろうか。





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2018年10月20日土曜日

滋賀と北海道の評論書の有害指定問題のその後

今年3月に滋賀県で『あの日のエロ本自販機探訪記』が、北海道で『エロマンガ表現史』が有害図書に指定をされて以降、地方議員の方々や、関係諸団体の皆様や、記者さんたちに、色々と情報提供をさせて頂くなど、継続してお話をさせて頂いてきたのですが、指定から半年が経過して、少しずつその働きかけが実を結んできたのかなと思っております。

ありがたいことに、8月に北海道新聞さんが社説で、このような有害指定は行き過ぎではないかとの問題提起をしてくださり、
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/219743

また、9月には図書館問題研究会さんから、
http://tomonken.sakura.ne.jp/tomonken/statement/yugaitosho/

10月には日本マンガ学会の理事会の方々からも声明が出されました。
http://www.jsscc.net/info/130532

北海道議会でも、赤根広介議員と安住太伸議員から、予算特別委員会において、今回の有害指定の問題点を指摘する質疑をして頂くことができました。
10月3日 赤根広介議員
10月5日 安住太伸議員


なかなか一朝一夕に解決をすることは難しく、地道な論点整理や情報提供を続けることで、少しずつ色々なところに間接的に働きかけていくしか方法がない問題ではありますが、性表現や性表現規制に関係する評論書にまで安易に有害図書指定の範囲が拡大していかないよう、引き続き活動をしていきたいと考えております。


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2018年6月23日土曜日

北海道と滋賀県における有害図書制度の運用に関する論点解説

演題:
「北海道と滋賀県における有害図書制度の運用に関する論点解説」

日時:2018年6月23日(土) 17時から18時30分
場所:キャンパスプラザ京都(第3講義室)
講師:曽我部真裕 教授 (京都大学大学院法学研究科)

【写真 曽我部真裕 教授 (写真提供:マンガ論争)】

 2018年6月23日に京都で開催した「北海道と滋賀県における有害図書制度の運用に関する論点解説」講演会は、約60人にご参加頂きました。冒頭には『あの日のエロ本自販機探訪記』の著者の黒沢哲哉さんからお話を頂き、また終了後の記者懇談会には『エロマンガ表現史』の稀見理都さんにも急遽参加して頂くなど、中身の濃い会合にできたのではないかと思います。

【写真 左:黒沢さん、右:稀見さん(顔写真を公開していないためアイコン)】

 参加者の皆さんと、黒沢さん、稀見さん、そして講師を引き受けて下さった京都大学教授の曽我部真裕さんに、改めて御礼を申し上げます。

内容:
 2018年3月に、北海道知事が『エロマンガ表現史』を、滋賀県知事が『全国版あの日のエロ本自販機探訪記』を、有害図書として相次いで指定しました。いわゆる「エロ本」や「エロマンガ」からの引用箇所もあるものの、調査・研究を目的とするまじめな文章が中心の書籍であると評価する立場からは、そうした性質の本にまで有害指定を拡大することついて懸念の声も出ています。


 そこで、本講演会では、憲法学・情報法学がご専門で、自治体の指定図書制度にも詳しい、京都大学教授の曽我部真裕先生をお招きして、今回の指定についての論点を解説して頂きました。
 また、『全国版あの日のエロ本自販機探訪記』の著者である作家の黒沢哲哉さんにもご登壇を頂き、本書の執筆の背景や、指定について思うところなどをお話し頂きました。

主催:NPO法人うぐいすリボン
共催:表現規制を考える関西の会

資料:
 当日のレジュメ
 公開用スライド

参加者のブログ記事:
 「北海道と滋賀県における有害図書制度の運用に関する論点解説」メモ

関連資料:
「北海道・滋賀県の有害指定問題」(公文書・報道等の一覧)
「青少年健全育成条例による有害図書類規制についての覚書」

報道等:
 京都新聞〔エロ「研究」書も有害図書? 滋賀県など指定に疑問の声〕

「図書館の自由(第101号 2018年8月)」 日本図書館協会


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2018年5月19日土曜日

2018年4月27日金曜日

北海道・滋賀県の有害指定問題

2018年3月に、北海道知事が『エロマンガ表現史』を、滋賀県知事が『全国版あの日のエロ本自販機探訪記』を、有害図書として相次いで指定しました。




■ 北海道庁が公開した本件指定に関する公文書

■ 滋賀県庁が公開した本件指定に関する公文書


いわゆる「エロ本」や「エロマンガ」からの引用箇所もあるものの、調査・研究のためのまじめな文章が中心の研究書/ルポルタージュであることから、こういった性質の本にまで有害指定が拡大することに懸念の声があがっています。


報道等

 ■ J-cast 4月15日 
 『エロマンガ表現史』研究書なのに有害図書?北海道指定に識者「行き過ぎ」
前参院議員の山田太郎氏が懸念を表明

 ■ 朝日新聞 4月17日(朝刊33面)
 ■ 朝日新聞デジタル 4月17日
 タイトルに「エロ」の書籍、相次ぎ有害指定 研究書も
日本雑誌協会と、NPOうぐいすリボンが懸念を表明

 ■ Newspim (韓国のニュースサイト) 4月17日
 "エロ"は無条件規制? 日本の自治体、"研究書"も有害指定
朝日の記事を引用する形で事件を紹介

 ■ 東京新聞 4月18日(朝刊22面)
 「研究」なのに有害図書?
刑法学者の園田寿教授が懸念を表明 

 ■ ハフポスト 4月18日
 『エロマンガ表現史』 北海道で有害図書指定。なぜ書いたのか? 著者に聞いた。


 ■ 週刊文春 6月7日号
 「私の読書日記 育児日記、有害指定図書、高畑勲」
  作家の三上延氏が懸念を表明

2018年4月16日月曜日

著作権侵害サイトのブロッキング問題に関するシンポジウム

著作権侵害サイトのブロッキングをめぐる問題に関して、さっそく二つのシンポジウムが開催されます。


緊急シンポジウム「これからのネットづくりと海賊サイトへのブロッキング要請を考える」
 http://icc-japan.blogspot.jp/2018/04/blog-post_14.html

 一つ目は4月18日(水)で、こちらはマンガやゲームなどの表現規制に反対している「コンテンツ文化研究会」さんの主催によるものです。お声掛けを頂き、「うぐいすリボン」も共催団体に名前を入れさせて頂きました。
【緊急開催】著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する緊急提言シンポジウム 
 続いては、4月22日(日)で、こちらは鈴木正朝先生が理事長をされている「情報法制研究所(JILIS)」さん主催のものです。先日発表されたJILISの意見書にもお誘いを頂き、荻野(うぐいすリボン理事)も賛同者として末席に加わらせて頂いております。

2018年4月3日火曜日

訃報:笹井一個さん

 うぐいすリボンの理事をして頂いていた、イラストレーターの笹井一個さんが、3月20日にお亡くなりになりました。43歳でした。

 まだ「うぐいすリボン」という会の名前もなく、静岡で少人数が集まってフィクションの規制問題についての勉強会していた最初期からの仲間でした。

 現在、会のロゴなどに使っている「うぐいす」のデザインも、笹井さんがして下さったものです。



 世界的には表現の自由のための運動を象徴する青のリボンですが、日本では既に拉致被害者の方々の運動のリボンとしてよく知られていましたので、別の色を探していたところ、ほとんどの色が何らかの運動で既に使われていたこともあり、私たちは「うぐいす色」というかなりマニアックな色にたどり着きました。

「うぐいすなら、自由に歌う鳥のイメージで、この運動にぴったり合っているのではないか」と軽い気持ちで荻野が話したところ、行動的な笹井さんは、さっそく、うぐいすをモチーフにしたリボンのデザインを考えて、何種類ものラフや色見本まで送ってくださり、そんな笹井さんに後押しされて、「うぐいすリボン」という活動は始まりました。

(笹井さんの同人誌:「さくまさんのこと」より)

 笹井さんのご冥福を、お祈り申し上げます。

2018年2月24日土曜日

江戸の出版統制 ~近世という窓から現在を考える~

演題:江戸の出版統制 ~近世という窓から現在を考える~

日時:2018年2月24日(土) 19:00〜20:30
場所:あうるすぽっと3階B会議室(豊島区立舞台芸術交流センター)
講師:佐藤至子さん(日本大学文理学部国文学科教授)



内容:
 2017年10月に刊行された『江戸の出版統制 弾圧に翻弄された戯作者たち』が話題の国文学者:佐藤至子さん(日本大学教授)の講演会を開催します。江戸の幕政改革期における出版統制の歴史等についてご講演を頂きました。

資料:近世という窓から現在を考える ―江戸の戯作と出版統制―


主催:特定非営利活動法人 うぐいすリボン
後援:公益社団法人 日本図書館協会



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2018年2月12日月曜日

『極東のビッグブラザー』と言論統制~ソーシャルゲームに見る中国の最新表現規制について。

中国当局によるインターネット・ゲームの規制強化が話題になっています。
この問題について中国共産党の情報通信政策等に詳しい中川幸司さん (経営学博士 北京大学大学院) に解説をして頂きました。



『極東のビッグブラザー』と言論統制~ソーシャルゲームに見る中国の最新表現規制について。



 1990年代から2000年代にかけてパクリ作品、ズッコケプロパガンダ作品が跋扈していた中国コンテンツ産業(アニメ・コミック・ゲーム産業。ACG産業)。アングラな違法利益を謳歌するパクリコンテンツ販売ビジネスと、中国政府のプロパガンダ作品制作に勤しむバブリーなズッコケ補助金ビジネスでした。実はその傍らで、ゆるやかにオリジナル作品を作り出すレベルも徐々に向上してきていたことは、日本ではあまり知られてないかもしれません。

中国のコンテンツビジネスについて、この数年を振り返れば、いまや高品質の中国独自作品が勃興しつつある状況になっています。また、中国内でヒットしたソシャゲ(ソーシャルゲーム)の『アズールレーン』が、日本に紅船(黒船の中国船版)として上陸し大成功をおさめたこともエポックメイキングでした。中国コンテンツの品質は相当に上がってきています。

高品質な中国独自コンテンツの勃興と称しましたが、中でも別次元でレベルが高いのがオンラインゲームやソシャゲです。映画、アニメやコミックのレベルではないほど成熟ステージに入っています。実はこの背景は、中国の統治機構に起因するもの。本稿は、今般加速しているソシャゲの中国当局による表現規制・禁止措置について主に解説いたします。まず初めに中国のコンテンツ規制全般についてご紹介しましょう。

中国流の規制とは?

多くの日本人に誤解されていることが多いのですが、そもそも中国に「言論の自由がない」という明文化規定はありません。中華人民共和国憲法第三十五条によれば、「中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進、デモの自由を有する。」とされています。さらにその憲法にはその他「民主的」な条文も明記されています。
しかし同第三条によって「中華人民共和国の国家機構は、民主集中制の原則を実行する。」とされており、ここに金科玉条の如く守られる中国共産党(中共)指導部の絶対性と正統性の源があるわけです。民主集中制は、「指導部」に国家権力を集中させ、その指導によって国民が統治される体制です。これによって中共指導部の領導のもとにすべての国家統治機構が規定され、中国公民生活の隅々に至るまで(ときには個人の思想にまで)中共指導部が介入することが正当とされるのです。ですから、根本的に論理矛盾を抱え、「中国は言論統制の国。言論の自由も、表現の自由もない。」と諸外国から批判されるわけですね。

さて、実質的に言論統制国家である中国のコンテンツ産業の表現を規制する行政組織についてご紹介しましょう。
もともと、中国のコンテンツ産業の管轄当局は、過去数十年間に渡って、大まかに国家広播電影電視総局(略称:広電総局)、国家新聞出版総署(「国家版権局」と組織一体・名称違いの不思議構造)、国務院文化部(日本の省に相当)が担当していました。紙媒体の出版物は主に国家新聞出版総署が管轄し、デジタル等のコンテンツは広電総局が管轄し、それぞれ作品が世に出る前に「審査・検閲」をしていました(これにパスしなければ出版が認められないわけです!)。そして、コンテンツ規制という文脈では、文化部はコンテンツの公序良俗違反等を事後的に調査チェックする機関であって行政指導を実施します。

20133月の中国の省庁再編によって広電総局、国家新聞出版総署、国家版権局が統合され国家新聞出版広電総局が新設されたことにより、コンテンツを網羅して「審査・検閲」が一本化されました。新聞出版広電総局はネット上の言論統制(検索エンジンや、中国版ツィッター・ブログなどのSNSも含む)も担当しているので、その強大なパワーをもってネット民に恐れられています。政府の意向に反する文書がネット上に上がれば即座にあらゆる伝統メディア・ネットメディアから関連情報を削除する権限と力。民主主義国家の権力中枢の為政者は、この力が欲しくてたまらないかもしれません。
一方で、新聞出版広電総局が必死に「火消し」に走る態度からネット民から批判の的になったり、茶化されたりもしています(本筋とは外れた中国公民のボヤキや批判は、とくに当局から弾圧されることはありません)。現在は新聞出版広電総局と文化部の2組織が中国コンテンツ産業の管轄・規制当局ということになります。

また、文化部は日本の「省」に該当するので純粋な行政組織の官庁としてイメージがわきやすいかと思いますが、新聞出版広電総局は、共産党中央宣伝部の下位組織であり国務院直属機関(省級)でもあります。政党に属する組織でもあり、行政組織でもある。このあたりが、多くの日本人にとってはわかりにくいところかもしれません。
オフィシャルには新聞出版広電総局と文化部は、権力構造上並列レベルで国務院の省級国家組織の位置付け。実態は、中共指導部の宣伝工作方針をモロに受けて党の影響が直接的に強い新聞出版広電総局と、相対的には党から独立性のある文化部といったイメージです。
 時の政権によって、この2組織のパワーバランスが若干変化しますが、現在の両組織のトップは十九大(中国共産党第十九回全国代表大会。201710月に開催。5年に1度の党大会、党内序列・人事が発表される。)において、ともに中央委員会委員に選出されているので、トップの人事的にもさほど上下関係は明確ではありません。ただし、その組織構造から、新聞出版広電総局のほうが政権中枢から暗躍を期待される特務機関(!)の性質があるといえます。



管轄の抜け穴で成長したゲームビジネス

中国のコンテンツ産業で突出して制作レベルが高くなったのがオンラインゲームやソシャゲです。これは、中国内で他のコンテンツがパクられるものであった(音楽CDDVD、アニメ、パッケージゲーム、コミックなど。違法にコピーされて販売される。違法ではあるが取り締まられなかった。)が、本質的にオンラインゲームコンテンツはパクられ難かったこと。GSM規格世代の携帯電話時代から携帯上決済やプリペイドカード課金が可能であったこと。といったオンラインゲームとソシャゲだけ特殊で有利なコンテンツビジネス環境があったことに加えて、他のコンテンツでは軒並み制作サイドの足かせになっていた商業コンテンツの当局による事前「審査・検閲」がオンラインゲームとソシャゲだけ手薄だったことが大きな追い風になっていました。

当時、中国のコンテンツ産業においては、広電総局が映画、テレビ番組の媒体に流れるドラマやアニメ上の表現を規制し、国家新聞出版総署がコミック上での表現を規制していたのですが、ネット上のデジタルゲームコンテンツは実店舗でパッケージソフト販売する出版物でもなく既存の伝統媒体を必要としないビジネスでした。つまり20年間近く偶然にも規制から緩やかに免れる聖域になっていたのです。

更には、この20年間は中国政府がICT振興策を国策として奨励していた時期とも重なります。インターネット領域の事業に関しては次世代国家根幹産業として、ある程度、規制を緩めて民間を育てようという国家の大方針もありました。そのような状況で、デジタルゲームコンテンツを厳密に所管する行政組織がどこになるかについてまとまりきらず、その行政対応(規制)が本気にはなされませんでした(当時、政権が本気になれば何らかの方策で簡単に取り締まることは出来たはずです。)。
そのため、デジタルゲームコンテンツビジネスには熱烈歓迎モードで民間の開発マネーが流れ込み、そのビジネス成長スピードが凄まじい業界になっていったのでした。業界全体が政府の色がついていない民間資金を潤沢に持つ生態系となったのです。
これが中国のオンラインゲームやソシャゲの礎になり、現在の中国ゲームコンテンツのレベルの高さに至っています。コミック、アニメ、映画などのコンテンツレベルはまだまだ後進国ですがゲームは超級爆進中。現在では14億人のうち半数以上がネットにつながっていると言われる中国、広大なマーケット需要に対応して優良ゲームコンテンツが続々登場してくるでしょう。
 


第2期習近平政権で、強まる言論統制(規制開始の動機)

 中国内のコンテンツビジネスにもかかわらず事業環境が良く、偶然にも規制抜け穴となり同時に当局から意図的に規制野放しにされてきた歴史から、次第に発展してきた中国ゲームコンテンツビジネス。しかし、いよいよ中国当局が「表現規制」国家の本性を現すようになります。

前述の十九大を経て習近平総書記(国家主席)政権第2シーズンがスタートしました。中国の政権(ひとりの国家主席のもとでの指導体制)は、1期5年間×2期で10年間が区切りです(習近平氏はこれを延長するかもしれないと噂されていますが)。政権1期目は権力基盤を安定させるための期間、そして2期目が総書記のイデオロギーを具現化していく期間と言われます。つまり習近平氏の本領発揮はまさに2017年末からなのです。

 特にこれまでの近年の中国政権(江沢民政権、胡錦濤政権)に比べて、習近平政権は、政権第1期の政敵粛清を徹底的におこない(「反腐敗」キャンペーンを名目的に利用)、超大物政治家を投獄し、党内の反発も抑えつけることに成功したため、近年に類を見ない強大なワンマンリーダー体制になっていることが特徴です。
 十九大では、「社会主義文化強国」の実現を高らかに掲げ、習近平指導部からトップダウンで大衆思想コントロールを巧妙に実行していくようです(大衆に芽吹く不満分子は、小さなうちから刈り取る)。

 このような状況から、もはやゲームコンテンツも規制の蚊帳の外ではありません。国家経済にビッグインパクトを与えるほどではない規模のコンテンツ産業の多少の落ち込みがあったとしても、大衆の不満・世論コントロールのほうが政治的重要課題である、という意気込みが習近平氏の発言に見え隠れします。当局が世論コントロールしやすいようにあらゆる言論・表現活動を手中におさめておくという方針になってきました。
十九大が閉幕した201710月から習近平氏の「報告(指導方針)」を関係機関が忖度し、2018年初めから急激に中国ゲームコンテンツ業界に表現規制の嵐が吹き始めています。



文化部を使って出口をコントロール(規制の手法)

 今般の中国ゲームコンテンツ業界への規制は、コンテンツ規制の急先鋒であった新聞出版広電総局ではなく主に文化部が主体となっておこなわれています。日本に漏れ伝わる関連ニュースなどをみても「文化部が・・・」という主語で語られているものが多いですよね。
 先に解説したようにゲームコンテンツは管轄の穴。「入り口」で規制をかけることは難しいので、「出口」で規制をかけるという運用方針にしている、と捉えるとわかりやすいかもしれません。これまでの中国のコンテンツは新聞出版広電総局の「審査・検閲」によって事前に規制の網をかけてきました。しかしゲームコンテンツは現状では検閲の抜け穴になっているため、すでにリリースされているゲームについて「文化的指導(公序良俗違反等)」として規制をかけるテクニックを使っています。
事後的な規制をかけることで業界を律する政権の意図がみえてきます。ゲームコンテンツ開発企業としても、リリースした瞬間に当局から規制をうけるのは経済的損失になりますので、自主規制をしていくことになるわけです。当局はリリースをとめることはしないけど、過度な違反表現でのリリースとして行政指導ペナルティを与えます。

 ちなみに、管轄の主導権争いは官僚制度の常。本件に絡んで文化部の動きが突出して活発化していますので、新聞出版広電総局と文化部のコンテンツ規制管轄権争いの可能性も想定しましたが、第2期習近平政権は発足したばかりですので、習近平指導部の両組織へのコントロールが効いた上で文化部が動いていると観察していたほうが現状では適正かと思われます。新聞出版広電総局も動いていますが、主に文化部主導案件が多い印象です。



上意下達と忖度による現場の猛烈実績アピール(規制の実施)

十九大が中国共産党最高指導層の人事にあたりますが、数ヶ月かけてゆるやかに省単位、市単位までの共産党人事(≒行政担当官人事)がおこなわれます。201710月に十九大が閉幕し、2018年前半は各レベルの行政単位で新任の行政担当者が着任して、その手腕をこれから発揮しようとするタイミングです。次の出世を狙って鼻息が荒い!
 担当者がかわれば、前任者よりもあからさまに実績をあげたいアピールをするのが中共の伝統。各地の省の文化部や、市の文化部などが(ときには、中央の思惑よりも度を越して)、取締・規制を強化してきているのが、まさにいま、2018年前半の状況といえるでしょう。

 2018年1月下旬、中国本土の「アズールレーン」の表現規制も文化部の主導によって安徽省蕪湖市当局が「文化的指導」を行いました。「アズールレーン」開発会社(上海蛮啾網絡科技有限公司と厦門勇仕網絡技術有限公司)への指導ではなく、同タイトル中国内パブリッシャーとしてのゲーム運営・コンテンツプラットフォーム「ビリビリゲーム(嗶哩嗶哩ゲーム)」に対して「女性キャラクターの裸の露出が多く、社会の公共道徳に背く禁止内容があった」として、行政指導(処分)したものです。
中国のSNSではこの措置をうけて、やや自嘲気味に「文化部はじまった!」的な書き込みが目立ちました。民主的な選挙もないので政治批判の受け皿もありませんが、今のところ総じて「しゃーないなぁ」程度で収まっているようです。
 
 中国経済全体のパイから見れば小規模な特定産業(コンテンツ産業など)の振興よりも、言論統制社会の厳格化を望む第2期習近平政権。今回、槍玉に挙げられたのはゲームコンテンツ業界でした。急速に大衆から自由な言論と表現の空間を奪ってゆく中国共産党。
『一帯一路(現代版シルクロード経済振興策)』で古典的な重厚長大産業から経済を活性化させ、国策のAI開発で産業振興と言論統制を強める姿勢はますます先鋭化しそうです。
民主集中制の政治指導体制とAIICTを駆使した言論統制監視社会。まさに『極東のビッグブラザー』の誕生を、我々は隣国として遠目で眺めているだけではなく、積極的に知っていくことがリスク回避になるでしょう。



2017年末、中国共産党中央宣伝部、中央インターネット安全情報化指導チーム、工業情報化部、教育部、公安部、文化部、国家工商総局、新聞出版広電総局の8組織連名にて『ネットゲーム市場管理の厳格な規範についての意見書』が提出された。これに基づいて「流出した」とされる指導対象となる具体的なゲームタイトルと指導事由の表(中国内SNSに流出)。4番の『神無月』などは、「胸元をクリックして対話。テキストが公序良俗に反する」といったもの。

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中川コージ
NAKAGAWA Kozi, Ph.D.
戦略科学者。SF愛好家で非電源ゲーム(ボードゲーム・カードゲーム・トランプなど)コレクター。ゲームの本質を見極めるため「ゲーム戦略」研究の道へ。慶應義塾大学卒業後、英国・中国に留学。北京大学院で日本人初の経営学博士号を取得。日本・中国・米国を中心に世界のAI・ロボット産業、コンテンツ産業、宇宙産業、安全保障サイバー戦略を研究する。中国人民大学国際事務研究所客員研究員。経営学博士。〔インスタグラム : @kozijp〕〔メール : cafeblog@kozi.jp
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